新聞紙のギフト

先月後半くらいから毎週金曜日は名古屋でお仕事。ということで、新幹線にお世話になっている日々ですが、「金曜夜の上りの新幹線は混む」との評判?通り、確かにいつもほぼ満席の状態。その中で、おそらく週末を家族で過ごされる予定なのだろうと思うのですが、お子さんを連れた方の姿も良く見かけます。東京まで2時間弱とは言え、小さなお子さんにはちょっと退屈なのでしょう。先日も小さな男の子二人を連れたご両親が、お父さんは泣き出した子をあやす為にデッキへ、お母さんはじっとしていられないお子さんの後をついて、通路を行ったり来たり。「ああ、大変だなぁ」とぼんやりと眺めていました。

ふと気が付くと、歩き回っていたその男の子が、お母さんと一緒に隣の席を向かって、熱心に何かを見ている姿が目に入りました。

何を見ているのだろう?と思って見ていると、しばらくしてその理由が分かりました。隣に座っていたお年を召したご夫婦が、手元にあった新聞紙を折り紙にして、大きなかぶとやその他こまごまとしたものを作っていて、男の子は次々に生み出されるそれらを、実に熱心に眺めていたのでした。そして出来上がったかぶとをかぶった男の子の顔ったら!

新聞紙がギフトになることがあるんだ!とこちらがびっくりするくらいでした。

ご夫婦はもうひとつかぶとを作り、ぐずっていたもう一人の子にかぶせてあげると、こちらもたちまち笑顔に。その時のご両親のほっとした顔がとても印象的でした。

私も子供の頃に折り紙でかぶとを作ったりしましたが、もうすっかり作り方を忘れてしまったなぁ、と思うと同時に、とっさに子供を喜ばせることができるそのご夫婦の機転を目にして、ただ何かを追い求めるのではなく、今の自分でも十分にできることがあるのではないかしら?と感じたのでした。

今時分が手にしているものはただの新聞紙かもしれないけれど、それをギフトにしていけるような機転と優しさと余裕を持っていたい。そんなことを感じた出来事でした。
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by sweetflowers | 2006-03-16 22:39 | 日々のあれこれ
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