出来ないことと分からないこと

確か小学校2年生の1学期だったと思います。ワタクシ、音楽で「2」を取りました。(ちなみに5段階評価でした)2年生になって初めて受けた音楽のペーパーテストが出来なかったからだと思うのですが、本当に一体何を書いてあるのか、さっぱり分からなかったのです。その後程なくして母にせがんでエレクトーンの音楽教室に通い始めたのですが、それからすぐにテストの時には全く分からなかったたくさんの記号が、本当にすとんと理解できるようになったのです。「なんだ、あの紙に書いてあったのはこういうことなんじゃない」と学校からの帰り道、はたと気が付いた時の感覚は未だに覚えています。そうしてその時以来、音楽で「2」を取ることはなくなりました。

あの経験は今考えるととても貴重な経験だったと思います。紙に書いてある記号が自分にとって意味ある情報となっていないことを、子供の私は説明することは出来ませんでした。けれども、自分なりに理解をした(腑に落ちた)瞬間から、音楽のテストは私にとって全く出来ないことではなくなったのです。ただ、それを意味ある情報として捉えるやり方が分からなかったに過ぎなかったのですから。

日々の出来事においても、今の自分が理解できないことや分からないことをそのままできないこととして捉えてしまうことも多いように思います。でもそれは単に今は分からないだけなのだと捉えたら、自分が思っている「できないこと」が、案外少なくなるかもしれません。そうやって自分の状況を表す言葉を変えていくことで、壁だと感じていたものもそうではなくなることがあるんじゃないかしら?

小学生だった自分から、自分を表現する言葉を選ぶ大切さを教えてもらったような気がしています。
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by sweetflowers | 2006-03-21 00:05 | 日々のあれこれ
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