人生の問題集

友人と二人、おいしい食事を頂きながら色々なことを話しているうちに、ある人のことが話題となった。人それぞれ様々な人生があって、それを単純に端で見て良い、悪いとは言えない。だけれど、その人が持つ潜在的パワーの凄さなのだろうと思うのだけど、時に周囲を振り回し、トラブルメーカー的な存在となってしまったりしている。本人がそれを望んでいないことは明らかで、だからこそ周囲で見ていて苦しいだろうなぁ、と感じていた。

そして本当にこれは本人とって見ればありがたい話でもなんでもないのだけれど、周囲はその人の言動に怒ったり、泣いたり、びっくりしたりする中で、「なんでそんなことになるのだろう?」という疑問と向き合うことになり、その中で自分と向き合い何かを感じていくという、少し不思議な状態となっていたりする。

もし、その人が周囲に何かを投げかける役目をも背負って生まれてきているのだとしたら、私たちは単純にその人を責めることもできないのだなぁ、と思ったりしたのだった。

そんな話をしているうちにふと「だから、問題集の中に色んな問題があるでしょ?私たちは生まれてくる時にその問題集の中から自分で問題を選んでくるんだよ。」そんなことを話していた。自分の弱点を克服する為の問題。自分の得意分野を伸ばす為の問題。誰かの役に立てるようにと知識を広げる為の問題。技術力を問われる問題。とっても難しい問題を一つだけ選んだ人。たくさんの問題を選んだ人。楽しい問題を選んだ人。あえて悲しい問題を選んだ人。きっとそれぞれ。そしてそのバリエーションの分だけ、人は多様性に満ちている。

ぽつりと友人が答えた。「でもさ、問題集を解くのに100年近い時間は、長いよねー」

さて、どうだろう?私は100年でも足りないかも?と思っている。何しろ私は、欲張って色々選んできた気がするのだ。その割に怠けてきた気がするし、そんな訳で「時間足りないかも?」なんて思っていたりする。
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by sweetflowers | 2006-06-04 22:59 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)
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