スピリチュアルということ

あまり普段はお話したりしないことなのですが、ここ最近、本当に「スピリチュアル」という言葉を良く聞くようになりました。なんだかキャッチーな響きさえ携えていて、その響きの影に何か隠されてしまったものもあるような気さえしてしまいます。

それにしても、スピリチュアルとはいったいなんなのでしょう?

巷に溢れているスピリチュアルと言う言葉を目に、耳にするたびに、何か違和感を感じてしまう私は、へそ曲がりなのかもしれません。

話は変わりますが、私は以前、父から「マイクロソフトが・・・」と話しかけられ、びっくりしたことがあります。父はコンピュータとは全く無縁の人で、「田舎のおやじ」という呼称が本当にぴったりな人なのですが、世の中の動きにはとても興味を持っていて、日経新聞辺りから拾ったであろう情報を元に自分なりの意見を展開してくるので、我が父親ながら「やるじゃない」と思ったりしたのでした。

父の言動は一見「スピリチュアル」とは掛け離れているようでも、どん!と日常の中に腰を据えて生まれた言葉は、私が頭の中だけでこの世界を捉えていたことを時に衝撃を持って教えてくれたのでした。

「時を重ねる」という素敵な表現が日本語にはあります。それはただ時間の経過を表すのではなく、その一瞬一瞬の積み重ねの中に、必ず何かが存在していることの証だと私は思っています。日々の生活の中で、私達一人一人が霊的な存在であること、そして個々人の中にある神性さを日常の行いの中に反映していくことこそが「スピリチュアル」ということ、そのものではないかと思っているのです。

そして、私達が忘れてしまっている自分の中にある光を表していく為に、いつしか纏ってしまった様々なものを剥がしていくかのように、「嫌な出来事」といった研磨剤が用意されているのかもしれません。

決して特別なことではなく、ただ淡々と自分の中の光を表現する道のりを歩んで生きたい。

そんなことができたら、私にとっては最高にスピリチュアルな人生になるのではないかと感じています。
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by sweetflowers | 2006-11-21 01:27 | 日々のあれこれ
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