ファインダーに切り取られた風景

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旅先の宿で、外に連なる南アルプスの山々をカメラで覗いてはまたカメラを外して眺める。良さそうな位置を見つけるとまたカメラを覗く。シャッターを切るのでもなく、ただファインダーから覗く景色と自分の目で観る景色の違いが面白くて、ひたすら繰り返していたことがある。そして自分がその時持っていたカメラでは、実際に観ていると同じだけの美しさを切り取ることができなくて、結局撮らずにただ眺めていた。

そんなことしてたっけなぁ、と思い出していたところで、少しばかり足を伸ばして館山に出かけた。

夜間から降り始めた雨は強い風を伴い、明日はどうなるんだろう?と思っていたけれど、翌朝ホテルの窓を開けると朝日が昇るところだった。普段見慣れた街並みから昇る朝日ではなく、小高い山から昇る朝日を眺めながらそうだ、写真を撮ろうと思った。太陽だけを撮ろうとしてもその良さが映らない。太陽だけでは輝く光となって映るだけで一体なんだか分からないのだ。太陽の周辺にある薄暗い景色。それが同時に映ることで、太陽のシルエットがくっきりとし、「ああ、朝日の写真だ」と分かる。

以前南アルプスの山々を結局取れなかったのは、こういうことなのだ。

きれいな対象だけでは駄目なのだ。その周囲にあるもの全てを含めてそのものが存在している。対比があって、そして全体なのだ。

ふと自分の日常を振り返る。幸せなことがあって、辛いことがあって、大変なことがあって、楽しいことがある。その対比の中で、それを含めた全てが私の日常であって、そのコントラストの鮮やかさに心を揺り動かされる。

自分の中の明るい部分、暗い部分。全てを含んで私となる。

そして、朝日が昇りきると、びっくりするほどの快晴だった。
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by sweetflowers | 2007-01-28 11:31 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)
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