出し惜しみの奥に

ソニア・ショケットは、その著書「第六感 ひらめきと直感のチャンネルを開く方法」の中で、「しかし、ときどき私たちは、自分でさえ気づかない微妙なやり方で愛を出し渋ることがあります。」と記しています。

このエピソードとして、彼女の親友が自分のオフィスに置いてある大好きなセントポーリアを枯らしてしまった話をあげています。
その友人は仕事で走り回っている時にセントポーリアが少し枯れているのに気づいたものの、その時は仕事を中断することができませんでした。そして「水をやらないと」と気にかけつつも日が経っていきます。数日後、本当にセントポーリアが水を必要としている状態であることに気づきましたが、そのまま仕事を続けます。更に数日が経った時、遂にそのセントポーリアは枯れてしまったのです。

その友人はそのことに罪悪感を感じ、如何に自分が花の必要としていたことを無視していたのかに気づいたそうです。

ソニアはこの出来事について「愛を閉じ込めておくことは、花に水をやらなかったように、たましいにとっての死を意味すること」、「心ではなく、頭に閉じ込められ、エゴの法則に従うようになると、真実に反応する能力が大きく減退すること」、そして「残念なことに友人が心を開くには大好きな植物を失う必要があったこと」を述べています。

この文章が目に付いたのは、実を言うと、つい先日、忙しさにかまけてまさにこのセントポーリアと同じような状況で植物を枯らせてしまったからなのです。割と丈夫な植物だったので、過信もあったのですが、ようやく水をあげた時には既に手遅れで、枯れてしまいました。

ほんのちょっとの水遣りの手間を、どうしてこんなにも惜しんだんだろうかと思うのですが、その根底には「不足感」があるのだと感じました。

私が持っているエネルギーには限りがあって、できれば自分が望むことに集中させたいという気持ち。それは誤りではないのですが、正直に言えば、その出し惜しみしたエネルギーを全て無駄なく自分の望むことに注いでいるかといえば決してそうでもないのです。むしろ散漫になっているからこそ、不足感を感じていたのだと思います。

さて、今年もたくさんの方に支えて頂き、無事過ごすことができました。よりご縁を深めた方、新しいご縁を頂いた方、直接はお会いできなくても陰ながら支えて頂いた方々。自分が思う以上に、実はたくさん頂いているのだと改めて思い、来年は出し惜しみせずに過ごしていきたいと感じています。

今年一年、本当にありがとうございました。

皆様も、どうぞ良いお年をお過ごし下さいませ。
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by sweetflowers | 2007-12-31 11:22 | 日々のあれこれ
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