花瓶に注ぐもの

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時間というのはあれば有効に使えるという訳でもなく、ふと気がつくとなんだかいつの間にか1日が終わってしまった、ということもあったりします。だからといって毎日毎日「有効に使わなくては!」と気を張っていても、それもなんだか息がつまりそう。

で、先日シンクロナイズドスイミングの選手でもあった田中ウルヴェ京さんが書いていた記事でなるほどな、と思う記事を見つけました。

念願達成力「今を大事にする」

この記事の中でイギリスの説話を紹介していますが、かいつまんでご紹介するとこのようなお話になります。

ある大学教授が学生たちの前で花瓶を取り出し、最初にゴルフボールを詰めていきます。そしてゴルフボールでいっぱいになった花瓶に、今度は小石を入れると、ゴルフボールの隙間に小石が流れ込んでいきます。さらに砂袋を取り出し、件の花瓶に流し込み、ゴルフボールと小石の隙間にぎっしりと砂が詰まっていきます。
この中のどの状態も花瓶がいっぱいの状態であるわけですが、教授はそれぞれをこう表現しました。
ゴルフボールは「人生の中でなによりも重要なこと」で、たとえゴルフボール以外のすべてを失ったとしても「自分の人生は十分に幸せだったと思えるもの」。小石は次に重要なもの。そして砂はそれ以外の「くだらない日常のこと」。もし先に人生を砂で埋め尽くしてしまったら、本当に時間を注いでいかないといけないゴルフボールが入る隙間がなくなってしまう。だから、絶対に大切なものにエネルギーを注ぐこと。そしてゴルフボールの隙間に砂が入り込んでいったように、日常の雑事は大切なことの隙間にいくらでも入り込んでいけるのだから、優先順位を考えなさい、といったようなお話です。

この例えは、とてもわかりやすい例えだなぁ、と感じました。

花瓶にたとえられた私たちの人生という枠組みの中に、もっとも中心を成すものとして何をいれていくのか?ということを、人生の中で突き付けられることがあります。それは大きな選択の場合もあるでしょうし、今という時間を目の前にいる人とともにどう過ごしていくのか?といった日常の些細な、でもとても大切な出来事の場合もあると思います。

あわただしい時間の中で、花瓶に一生懸命砂を注ぎ込むようなことをしてしまうこともあったりします。そして、そのことにさえ気がついていないこともあるかもしれません。まして砂はするすると加速をつけながら注がれていったりして、気がつくとなんだか砂でいっぱいでした、ということにも。

けれども、今自分が花瓶に入れようと手にしているものは一体何なのか?そんなことを一瞬でも考えてみることで、手にしているものを選択しなおすチャンスが来るのだろうとも思います。

今日は砂を注いでしまったけれど、明日はゴルフボールにしよう。そうやって選択を繰り返すことで、少しずつ大切なものが積み上がっていくのだろうな、と感じました。
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by sweetflowers | 2008-06-29 20:33 | 日々のあれこれ
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