自由な感情表現

4月から月に1回真木さんのところでFESの研究会に参加してきました。メタフローラパスというFES独自の体系に沿って、3ヶ月間かけて各ステージごとのテーマに沿ったエッセンスを自分でも飲みながら、理解を含めていくのです。第1回目である今回は「感情」をテーマとしたステージを扱っていますが、私は以前より「日本人である自分にとって果たして感情を表現するというのは一体どういうことなのだろうか?」「本当に感情を自由に表現できることが癒しの過程で絶対に必要なのだろうか?」と疑問に感じていた部分がありました。なんでも率直に話していくことだけが本当に感情の表現なのだろうか?

そんな疑問を感じつつ、2ヶ月半が過ぎたのですが、ようやくながら自分なりにこの疑問に答えを見つけられたように感じています。

私自身、感情の問題はとても難しいと感じていて、それは感情にはその人の価値観や、あるいは自分の存在価値とも結びついていくものがあると感じていて、それが故に変化が起こる際の抵抗や恐怖感はとても大きいのではないかと自分自身を振り返っても感じているからなのです。でも、日本人が感情の表現を抑える時。その時は決して自分の感情表現を恐れているだけではなく、相手がこの感情を受け止めるだけの準備ができているだろうか?という思いやりの心も隠れているように感じるのです。(本末転倒になっていることはあるにせよ)

そして、相手とそして何より自分自身を信じられた時に初めて、大袈裟でもなく、抑えたものでもない、自分にとって無理の無い感情表現ができるのではないかと思います。

 「自分の感情は信じるのに充分値するもの」

そう思えた時が、自由な感情表現の始まりだろうと感じていますし、結果的に表現をしてもしなくても、そんな確固たる物を自分の中に生み出していくことが、このステージでの目的のひとつではないかと、第1回勉強会の最終回を迎えるに当たって感じているのでした。
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by sweetflowers | 2005-06-14 11:35 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(1)
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Commented at 2005-06-20 17:56 x
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