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スペースを提供すること

今日は午後お休みを取って、久し振りに真木さんと青山の麗心でランチ。「半年振りなのね!」とお互いびっくり。今更ながら「今年も宜しく」のご挨拶をしたのでした。

「ヒーラーに出来ることはその人が安心して癒されるスペースを提供するだけ」という話は、私自身のスタンスを再度見直させてくれる、勇気の出る一言でした。駆け出しながら、私のセッションを必要としてくれる方にその場を提供し続けていくことが、そして出来うる限り自分を無にした中で相手と向き合っていくことが、私なりの誠実さだと考えています。

彼女がこれから取り組もうとしているチャレンジに私も大いに刺激を受けつつ、自分と向き合っていくことを続けていきたいと感じています。
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by sweetflowers | 2006-02-16 21:15 | ヒーリングあれこれ | Trackback | Comments(0)

久し振りの写真

今日は日帰りで名古屋に出張でした。帰りの新幹線の中で、本当に久し振りに数年前に亡くなった同期の顔が浮かんできました。「一体何の写真で見た顔だっけ?」と暫らく考えているうちに、「ああ、あの写真だ」と思い出しました。

彼は同期の中でも大人しく真面目で、彼がある日急に会社を辞めることを知った時には、同期みんなが驚くような、そんな目立たないようなタイプの人でした。その彼が辞めて1年も経たないうちに、趣味の山歩きで出かけた山で台風にあい、命を落としたのでした。同期を代表して有志数人で訪れた彼の部屋には、彼の遺影とお骨が置いてありました。写真の彼は見慣れたグレーのスーツを着て、ネクタイの結び目がちょっと曲がっていて、「そう言えばあいつ、いつもネクタイ曲がってたよなぁ」と当たり前だった筈の光景を誰かが呟いた時、本当にいなくなった事を初めて認識したような気がします。

新幹線の中で思い出したのは、その遺影に映った彼の姿でした。

亡くなる数ヶ月前に同期で開いた彼の送別会。彼の前に転職をしていた別の同期と共に、嬉しそうに話していた姿が思い出されました。彼なりに自分の人生で何かを成し遂げようとしていたのだろうなぁ。

本当にあまりにもリアルに写真を思い出した今日。今この時期に一体彼は何を伝えようとしてくれたのだろうか?と、そんなことを考えているうちに、夜の東京駅に新幹線が辿り着き、考えは一度中断。明日、仲の良い子に「久し振りに思い出したよ」って話してみようかなぁ?
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by sweetflowers | 2006-02-14 23:48 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)

選択し続けていくこと

確固とした信念を持つが故に、曲がったことが許せない。そんな性質を持つ方に、ヴァーベインのエッセンスがあります。ヴァーベインのまっすぐに伸びた細い茎は、ある日いきなりぽっきりと折れてしまいそうで、そんな姿がこのエッセンスを必要とする方のイメージと重なるような気がしています。

以前、自分の人生の中で大きな出来事を経験した時に、「どんな状況でも、それでも選択肢は残っている」ということを実感したのですが、それは追い込まれた時だからこそスムーズにできたことなのだなぁ、と最近改めて気が付きました。そして日常の中でも実は選択の連続であるにもかかわらず、あまりにも無意識に習慣としている方を選んでいるのだなぁ、と思い、「選択し続けていくこと」の難しさを感じたのでした。

ところで、オリンピックが始まりました。元々持っているものが素晴らしい選手も多いのでしょうが、でも常に上を目指す為に、人よりも多くの選択を行ってきたのだろうと感じています。自分の目標に沿った選択を、どれだけ日常の中で行っていけるか?それが、その人が今いる位置へ運んできてくれたのだろうと思います。そして自分を振り返った時には、バラバラの選択だったなぁ、と苦笑し、今時分がいる位置はその選択の結果だったなぁ、と納得したり(!?)しています。

でも、「選択できる」ことを知ったのは、やはり私には大きかったと今改めて思います。「これしかない」という思いの中で生きていくのは、とてもストレスを感じるのではないでしょうか?同じ出来事でも「自分があえて選んでそこにいる」と感じるのと「無理やりそこにいさせられる」と感じるのとでは、自分の持つ力が強いと信じられるか、無力だと思えるかの違いがあるように思えます。そして「無力ではない」と思えた時に、初めて前へ進む勇気も出てくるように感じています。

信念の持つ力は素晴らしいと思います。けれども、「これが絶対」と選択肢が無い状態に自分の心を位置付けてしまったその時。ぽっきりと折れてしまう無力さも、同時に得てしまうのではないかしら?と感じているこの頃です。
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by sweetflowers | 2006-02-12 20:31 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(0)

心の雨ふり

「雨ふりの本。」というタイトルに惹かれて手にとった本。「そう言えば子供の頃は雨の日は嫌だ、なんて思わなかったかも?」と。別に濡れても気にしなかった気もするし、靴だって長靴があったし、最悪濡れちゃってもやっぱり気にしてなかったような気がする。田舎の、大雑把な子供だったなぁ、などと我ながら思ったりして。

この本の中には気象予報士である森田さんのインタビューが載っている。その中の「雨は不安定な状態を解消する為に降る」という一文と、「雨は、明るくおだやかな明日を迎える為の準備」という一文が大好きだ。

「そうだったのか」とシンプルに驚いたし、雨の降る仕組みなんて小学生の時に教えてもらった気がするのに、そんな風に捉えてみたことはなかったなぁ、と新鮮だった。

「泣きそうな空」なんて表現。相当凄い表現なんじゃなかろうか?ひょっとして・・・。

不安定な時に、人も泣く。何かの狭間で揺れ動き、でも泣くことでその間に潜むざらざらとした感情も、一緒に流していってくれる。「ああ、流れたなぁ」という感覚を心と体で味わえる。それが「泣くこと」なのかもしれない。だったら、心の雨ふりも結構気持ちいい。

ところで、「雨ふりの本。」の著者「十一月 空想百貨店」のHPはこちら。ご興味のある方はどうぞ。
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by sweetflowers | 2006-02-06 22:41 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)

お塩の味覚

昨日は、友人達と「韓国は食べ物が安くておいしい」から「次は韓国旅行だ!」と盛り上がり、そして何故か「その前に韓国の味覚に慣れなくては」と青山の中心で一人が叫び、そしてそしてお店が分からず、結局渋谷の「吾照里」で味覚に慣れる練習を行った。(青山韓国料理屋の情報求む!)「練習を」と叫んだ友人曰く、「旅先ではその土地の味覚を出来るだけ味わいたい」というのが理由のようだ。成る程。

味覚というのは確かに慣れもあって、初めて食べた時はびっくりしても、慣れていくうちにおいしいと感じるものも結構あったりして、絶対、と思っていても意外に揺らぐ感覚かも?なんて私は思っている。

ところで、初台駅近くに焼き鳥屋?があって、「備長炭使用」と看板を掲げるそのおやじなお店に機会があって入ってみたことがある。丁度色々な「塩」が話題になり始めた頃だったから、一体どんな塩を使うのかちょっと気になっていたけれど、焼き鳥の上に軽やかに降り注がれた塩は、「赤いキャップ」の、昔からスーパーで売ってるあの「塩化ナトリウム」というやつだった。でも、これが不思議とおいしい。お肉のおいしさもあるけれど、でもこの塩が丁度いいのだ。ふと、「じゃあ、よそのお店で自慢気に出てくるあの塩は何?」と思った。

お塩にも色々特性があって、それが素材や調理法の特性とマッチして初めて活かされるらしい。そんなことがそれから暫くして分かったのだけれど、でも正直、普段食べるお塩はそこまでこだわらなくても良いや、というのが今の私のスタンスだ。それよりも楽しく作り、楽しく頂くことの方がよりおいしく頂けるだろうと思うし(ちょっと言い訳がましい?)、自分なりに得た情報の中で「これでいい」と思える食材で作ればいいかな?って思っている。それより「天然なんちゃらと書いてあるからおいしいだろう」「オーガニックだからいいんじゃない」と、パッケージや名称で安易に味覚をだましてしまわない方がいいのかな?なんて思ったりしている。

感じたものを感じたままに味わう。そんな食の楽しみ方もあるのかもしれない。そしてその驚きが食の世界を豊かにしていくのかなぁ?なんて感じている。
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by sweetflowers | 2006-02-05 10:34 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)