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不揃いのクリスタル

石に興味が無かったわけではないけれど、決して安いものでもないし、「買いたい!」と思えるものとなかなか巡り合えなかったので、ずっと石とは縁がないまま過ごしていた。それが昨年、マウイからやって来たクリスタルマン(と私たちが呼んでいるだけなのだけど)が日本に運び込んできたたくさんの石を見た時に、本当に初めて「ああ、これは買いたい」と思える石たちに出会ったのだ。クリスタルマンが持つ子供のような好奇心と豊かな感受性そのままに、彼の石たちも何のてらいも無く素直で、そして静かに佇んでいた。一度手にしたらもう離せなくなってしまって、その時に手に入れたレムリアとアメトリンは、それから私がセッションを始めるに当たって、たくさんのサポートをしてくれたように思う。

ところで、彼のキャラクターですっかり忘れていたのだけれど、彼は日本にいる間にちゃんとお仕事をしていた。つまり、彼の持ってきた石たちをあちこちのお店に売りに歩いていたのだ。そしてあるお店にレムリアを見せた時の話を後から人伝に聞いたのだけど、その話を聞いた時には私の胸も痛んだ。

そのお店ではレムリアを手にし、「これと同じ長さのものを全部で10本(?)欲しい」と言われたようで、後で彼は「石をちっとも分かっていない」と呟いていたらしい。レムリアは自然に出来た形そのままで存在し、規格品のように揃ったものなど存在しないのに。

言葉の壁もあったのかもしれないけれど、それでも私たちはきれいに揃ったものを求めすぎるのかもしれない。

とは言え、彼は一人で訪れた京都で道行く人々に親切にしてもらったらしく、「なんて日本はいい国なんだ!」と感激していたようなので、日本人として少しほっとしたりしている。

そんなクリスタルマンがまたもや来日する。前回密かにお願いしていた石を持ってきてもらう予定なので、今から楽しみにしている私なのだ。
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by sweetflowers | 2006-03-26 18:03 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(4)

出来ないことと分からないこと

確か小学校2年生の1学期だったと思います。ワタクシ、音楽で「2」を取りました。(ちなみに5段階評価でした)2年生になって初めて受けた音楽のペーパーテストが出来なかったからだと思うのですが、本当に一体何を書いてあるのか、さっぱり分からなかったのです。その後程なくして母にせがんでエレクトーンの音楽教室に通い始めたのですが、それからすぐにテストの時には全く分からなかったたくさんの記号が、本当にすとんと理解できるようになったのです。「なんだ、あの紙に書いてあったのはこういうことなんじゃない」と学校からの帰り道、はたと気が付いた時の感覚は未だに覚えています。そうしてその時以来、音楽で「2」を取ることはなくなりました。

あの経験は今考えるととても貴重な経験だったと思います。紙に書いてある記号が自分にとって意味ある情報となっていないことを、子供の私は説明することは出来ませんでした。けれども、自分なりに理解をした(腑に落ちた)瞬間から、音楽のテストは私にとって全く出来ないことではなくなったのです。ただ、それを意味ある情報として捉えるやり方が分からなかったに過ぎなかったのですから。

日々の出来事においても、今の自分が理解できないことや分からないことをそのままできないこととして捉えてしまうことも多いように思います。でもそれは単に今は分からないだけなのだと捉えたら、自分が思っている「できないこと」が、案外少なくなるかもしれません。そうやって自分の状況を表す言葉を変えていくことで、壁だと感じていたものもそうではなくなることがあるんじゃないかしら?

小学生だった自分から、自分を表現する言葉を選ぶ大切さを教えてもらったような気がしています。
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by sweetflowers | 2006-03-21 00:05 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(2)

新聞紙のギフト

先月後半くらいから毎週金曜日は名古屋でお仕事。ということで、新幹線にお世話になっている日々ですが、「金曜夜の上りの新幹線は混む」との評判?通り、確かにいつもほぼ満席の状態。その中で、おそらく週末を家族で過ごされる予定なのだろうと思うのですが、お子さんを連れた方の姿も良く見かけます。東京まで2時間弱とは言え、小さなお子さんにはちょっと退屈なのでしょう。先日も小さな男の子二人を連れたご両親が、お父さんは泣き出した子をあやす為にデッキへ、お母さんはじっとしていられないお子さんの後をついて、通路を行ったり来たり。「ああ、大変だなぁ」とぼんやりと眺めていました。

ふと気が付くと、歩き回っていたその男の子が、お母さんと一緒に隣の席を向かって、熱心に何かを見ている姿が目に入りました。

何を見ているのだろう?と思って見ていると、しばらくしてその理由が分かりました。隣に座っていたお年を召したご夫婦が、手元にあった新聞紙を折り紙にして、大きなかぶとやその他こまごまとしたものを作っていて、男の子は次々に生み出されるそれらを、実に熱心に眺めていたのでした。そして出来上がったかぶとをかぶった男の子の顔ったら!

新聞紙がギフトになることがあるんだ!とこちらがびっくりするくらいでした。

ご夫婦はもうひとつかぶとを作り、ぐずっていたもう一人の子にかぶせてあげると、こちらもたちまち笑顔に。その時のご両親のほっとした顔がとても印象的でした。

私も子供の頃に折り紙でかぶとを作ったりしましたが、もうすっかり作り方を忘れてしまったなぁ、と思うと同時に、とっさに子供を喜ばせることができるそのご夫婦の機転を目にして、ただ何かを追い求めるのではなく、今の自分でも十分にできることがあるのではないかしら?と感じたのでした。

今時分が手にしているものはただの新聞紙かもしれないけれど、それをギフトにしていけるような機転と優しさと余裕を持っていたい。そんなことを感じた出来事でした。
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by sweetflowers | 2006-03-16 22:39 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(2)

スムーズな変化

先日、セッションを受けてくださった方から嬉しいご報告を頂きました。

お話を伺う中で、ご自身が本来エネルギーを注いでいくべき関係性を求め、そこにそぐわない関係性を解消していく方向でエネルギーワークを行いました。その際、胃の辺りから太いコードが繋がっているように感じられましたので、そのコードを解いていく作業をイメージ中で行いました。それから一月ほどしてどうしていらっしゃるかと思っていたところ、近況をメールで頂いたのです。

そのメールには、繋がるコードとしてイメージされた何ものかに気がついたこと。そしてそれらを整理する機会が訪れ、整理が出来た後にはその方のエネルギーを本当に必要とされている方が訪れるようになったことが書かれてありました。

「不思議ですね。いや自然なことなのでしょう」との言葉に、「ああ、本当に自然な流れの中で変化を経験されてきたのだなぁ」と感じました。とても素直に起きた出来事に向き合ってこられたのだろう、と。

今自分が必要としてないものを握り締める手を解けば、新しいものが手に入る。それは頭では理解していても、いざとなると変化への怖さゆえますますにぎりしめてしまい、自分も、手で握り締めているものも疲弊してしまう。けれども、自分の中に抵抗がなければ、本当に気持ち良く変化していけるのでしょうね、きっと。

春という芽吹きの季節がやってきました。環境の変化も受けやすい季節です。メールを下さった方のように、私自身も軽やかに変化していけるよう、自分の中の不要なものを手放していきたいと感じています。
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by sweetflowers | 2006-03-13 23:07 | ヒーリングあれこれ | Trackback | Comments(0)

選択と言う表現

「セラトー」と「ディアブラッシュ」という二つのフラワーエッセンスを組み合わせて、ここしばらくの間飲み続けてきました。自分が心から望む選択をしていけるように、と考えて選んだ組み合わせですが、飲み続けているうちに選択の連続がその人を形作っていくのだと改めて感じたのでした。

自分らしく生きていく。それは私自身そうしていきたいと願う生き方でもありますが、ではどうすれば「自分らしい」と思えるのか?それには自分が心から望むことを知り、それに沿うものを日々選び続けていくことでしか成し得ないのだろうなぁ、と感じ、ため息が出る反面、気が引き締まる部分もあったりしました。

一方で何も選択しない、というのは一見選択の前と変わらないようですが、どちらも選ばないわけですから本当に自分が欲しいものを得ることもできない。それを続けていくことで自分の中に重いものが少しづつたまっていき、そしてある日自分という存在が重苦しくてたまらない。そんなことが起こるように感じています。そう考えると「選択すること」はリスクではなく、「選択しないこと」の方がリスクを伴っているように思います。

セラトーの花は青い花です。「青」と言えば自己表現を司る第五チャクラを表す色でもありますが、自己を充分に表現し、味わって生きていくには「選択すること」が不可欠であることを花の色が教えてくれているように感じています。


~ 我が家のブルー ~
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ブルースター




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セッションに来てくださった方から頂いた「いるか」

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              旅先で買った手練りのグラス
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by sweetflowers | 2006-03-05 16:16 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(0)

受け取ることと手を伸ばすこと

一雨ごとに暖かくなる季節となってきました。この時期、花屋の店先には様々なチューリップが並びます。私はチューリップが大好きなので、あれこれ選ぶのも楽しい季節です。

FESのフラワーエッセンスにも「スターチューリップ」と「イエロースターチューリップ」というエッセンスがありますが、どちらも受容性に関するエッセンスなのが面白いところです。

チューリップの形は確かにカップのようで、でも、暖かい部屋に飾った途端あっという間に開いてしまったりして、そのジェスチャーは確かに受容性をイメージさせるものがあります。そして葉はすっと天に向かって伸びていて、「受け取るにはまず手を伸ばさなければいけないのだなぁ」なんて思ったりします。

それに、チューリップは本当によく水を吸い上げるのですよね。そして花瓶に活けた後でもふと気が付くと「もしや伸びてる?」と気が付くほど伸びていたり。素直に自分に必要なものを吸い込んで、まっすぐに天へと伸びていく伸びやかさ。それがあっての「受け取ること」なのだと改めて感じているところです。

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~ 黄色いチューリップをラナンキュラスと共に ~
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by sweetflowers | 2006-03-01 22:06 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(0)