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根っこの強さ

最近、朝のお茶代わりに「たんぽぽコーヒー」を飲み始めました。たんぽぽの根っこを焙煎したものですが、飲むと体がぽかぽかしてきます。そして体が温まるだけではなく、不思議な力強さを体内に取り込む感じがするのです。たんぽぽの根っこは花の姿の割にはとてもしっかりしているのですが、飲む度に「ああ、根っこの強さだなぁ」と思いながら飲んでいます。

FESのフラワーエッセンスにも、「ダンディライオン」というたんぽぽのエッセンスがあります。このエッセンスを必要とされる方は活動に対して熱心すぎるが故に体がついてこれず、にもかかわらずそれ以上のことを行おうとします。そしてその勢いが体の中に緊張として閉じ込められるのです。たんぽぽの根っこの強さと、その根から切り離された花があっという間に綿毛になってしまうことを思うと、このエッセンスを必要とされている方の体はどれだけの悲鳴をあげているのだろうと、ふと思ったりしています。「根を張る」という大地への安心感と共にたんぽぽの花のようにまっすぐ上を見上げる。そうすることで思っていた以上にあっけなくするすると流れていくものがあるのでしょうね。
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by sweetflowers | 2006-05-28 22:14 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(0)

フラワーエッセンスを「盛る」前に

少し前にフラワーエッセンスを取り扱っているネットショップの掲示板に、やたらと「盛る」という言葉が・・・。例えば頑固なお父さんのお茶にこっそりビーチのフラワーエッセンスを入れて飲ませる。これを「盛る」と表現して、その結果報告をしていたのですね。

私、密かに衝撃を受けてしまいました。「いっくら嫌でも相手に内緒で飲ませるのは止めようよぉ。」そんな気持ちでした。それはまぁ、理屈で言えば相手にも権利が、とかなんちゃらとかあると思うのですが、それより何より相手に対してもう少し愛情が欲しいと思ったのです。

だって、もし自分がこっそりと「盛られる」方の立場だったら?私だったら、知った時かなりのショックを受けると思うのです。「そんなに嫌だったの?」って。大人ながら、泣いちゃう位かも。「そんなことする前に言ってよ」と思うし、(まぁ、言っても聞かないから「盛られて」しまうのかもしれませんが)でもでもやっぱり悲しいのです。

「話を聞いてもらえないかもしれない」と思いつつ、それでも相手に向かってきちんと何かを伝えるってとても大切なことだと思います。相手がどうでもいい人だったら、きっとしないと思うから。(って、私だけかしら?)

だからこっそり「盛る」前に、愛情を持って相手と向き合って欲しいと思いますし、フラワーエッセンスにも愛情を持って使ってあげて欲しいな、と思ったりしている私なのでした。
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by sweetflowers | 2006-05-25 01:19 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(2)

自分の定義

この土日の2日間で、王由衣さんが行うフラワーエッセンス講座に出席してきました。今回のテーマは「女性性」。ということで参加者は女性のみ、という空間の中で私自身色々なことを感じてきました。

ところで、少し前から流れている資生堂「TSUBAKI」のCM。こんなにも日本女性をまっすぐに、それもいかにも「和」という感じではなく、現代に生きる様々なタイプの女性を対象にして「日本の女性は美しい」と言い切るCMはあまり無かったな、と思って当初からとても気になっていました。「美しい」と言われて「何言ってるのよ」ではなく「そうかも?」と受け入れることができる、余裕というものなのでしょうか、そんなものができているのだと、なんだか感慨深かったのです。

説明の中で由衣さんが「外からの定義の集積を自分だと思う」と表現したことがとても印象に残っています。周囲から「日本女性は美しい」と言われ「そうかも」と思う中で美しくなっていくのも、ある意味有り、だと思います。でもその一方で「でもそう言われている私は何?」「私の本質はなんなの?」という問いかけもまた必要なのかな?と感じます。その繰り返しの中で、自分本来の輝きが表に現れてきたら、それはとても素敵なことだな、と思ったりしています。

「日本の女性は美しい」

この言葉が単なる流行語で終わらないように。私たち女性の頑張りどころ、なのかもしれませんね。
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by sweetflowers | 2006-05-21 21:33 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(4)

新茶を味わう

先日、新茶を味わう会に参加して参りました。味わったのは屋久島茶の新茶、知覧茶の新茶とそうでないもの、八女茶の新茶の4種類。産地によってそれぞれ個性があることに改めてびっくりしました。取り分け知覧茶の新茶とそうでないものを飲み比べた時には、その違いにびっくり。同じ産地でも新茶の方がまろやかで、そうでないものはよりその個性が際立つ味なのです。

その土地に長く存在したものの方が、その土地の性質をより強く受けるのだろうと思い、それこそが「土地に根付く」ということなのだろうなと感じました。そしてそれはお茶に限らず、人がある環境に身を置くことも同様なのでしょうね。

自分の環境は正に自分自身なのね。と、ちょっとドキリとした私でした。
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by sweetflowers | 2006-05-13 09:43 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)

逆説的な戒律

最近気になった文章。

 人はしばしば理不尽で愚かで利己的になる。それでも相手を許しなさい。

 親切にすると、下心があると責められるかもしれない。それでも親切にしなさい。

 成功すると、うわべだけの友人や真の敵ができる。それでも成功しなさい。

 正直で率直な人間は、人に騙されるかもしれない。それでも正直で率直な人間でいなさい。

 何年もかけて築いたものを、誰かが一夜にして壊すかもしれない。それでも築きなさい。

 心が安らかで幸せだと、嫉妬されるかもしれない。それでも幸せでいなさい。

 今日良いことをしても、明日には忘れられることがよくある。それでもよいことをしなさい。

 自分が持っている最高のものを世界に与えても、十分ではないかもしれない。それでも、持っている最高のものを世界に与えなさい。

 「結局のところ、当たり前のことだが、神とのあいだの問題であって、他人とのあいだの問題ではない」                        マザーテレサ


上記の文はケント・M・キースによって書かれた「逆説的な戒律」をマザーテレサがアレンジしたものだそうだ。
「こんなことやっても無駄じゃない?」というものでもないかな、結局のところ、と思った次第です。

出典はダイアー博士のスピリチュアル・ライフ
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by sweetflowers | 2006-05-02 18:59 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(2)