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茶摘に行ってきました

少し前のお話ですが、茶摘体験のお誘いを頂きましたので、行って参りました。そんな話をすると「茶摘!?」とびっくりされたりするのですが、これが以外にばかにできない。当日は生憎の雨でしたが、それが空気の清々しさを増したようで、思いの外静かで時間を忘れる程の集中した時間を過ごすことができました。

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一芯二葉という言葉の通り、てっぺんの芯とその周りにある葉2枚分を手でつむと、あっけないほど簡単に折れるのです。その感覚の面白さと単純な作業が、とても良かったようです。

ところで、お茶の木は植えてから30年もの期間、製品としてのお茶を摘むことができるのだそうです。それだけ長い間言わば現役として活躍するだけあって、その根っこは何メートルにもなるんですって。「やっぱり根っこが大切なのね」と勝手に納得。

さて、お茶屋の息子さんが面白い話を教えてくれました。品評会で優勝するお茶は、植えてから、もしくはお茶の木は定期的に短く切られるそうなのですが、そんな風に切られて2、3年目に取れたお茶が多いのだそうです。「なんででしょうね?」と聞いてみると「幹を太くするとか、余分なことにエネルギーを使わないからでしょうかねぇ?」との答え。真偽の程はともかく、その場にいた私達は妙に納得してしまったのでした。

変にああしよう、こうしよう、とか考えない方が、意外と上手くいったりすることってありますよね?そんな時って、ただ目的に向かってまっすぐにエネルギーを伸ばしている気がします。そう言えばお茶の葉っぱは上に向かっていました。あのまっすぐさを少し見習いたいなぁ、なんて思っていたりします。

ところで・・・。摘んだお茶の葉ですが、電子レンジでつくる手揉み茶の作り方を教わったので作ってみました。(夜中に黙々と!)ちゃんとお茶の味がしたので、我ながらびっくり!できるもんなんですねぇ。
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by sweetflowers | 2006-06-19 21:18 | 日々のあれこれ | Trackback(1) | Comments(0)

言葉の力

今度友人がクリスチャンの洗礼を受けることにしたらしい。

細かいいきさつは聞いていないのだけど、本人も驚き、とのこと。そして彼女の話で印象的だったのは言葉の力、「言霊」について。

友人は9年前に宗教関係の勧誘を旧友から受けていて、何度断っても分かってもらえず、困り果てた挙句「私、クリスチャンでシスターになろうと思っているから」と思ってもいない嘘を付き続けて断ったのだそうだ。そして9年経っての本人もびっくりの洗礼。言葉にし続けることのパワーなのか、それともとっさの言葉には案外本人も意識していない本当の願いが込められているのか。どちらにしても、私もびっくり。

少し口癖を見直してみようかなぁ、と思った次第デス。
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by sweetflowers | 2006-06-12 20:40 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)

ははこぐさの記憶

先日のブログで書いたフラワーエッセンス講座に参加した際に、リサーチ中のエッセンスが販売されていたので、2本買って帰ってきた。そのうちの1本が「ははこぐさ」のエッセンスで、FESにあるマリポサリリーのエッセンス日本版、という感じではないか、とのことだった。

私が自分のエッセンスを選ぶ時、「よく分からないけど、これが今必要だ!」と思うことが良くあって、そういうエッセンスは、やっぱりその時自分にとって必要だったんだと思えるインパクトを与えてくれる。今回はこの「ははこぐさ」がそうだった。「なんか必要な気がする」と思って、ミネラルウォーターに垂らして、飲んでみる。それから掌に落として、オーラフィールドをなぞるように使ってしばらくすると、母に対してどうしようもない気持ちが心の奥底から噴出してきた。それは怒りとか悲しみとかでは全然無くて、一番近い言葉で当てはめるなら「郷愁」だった。

子供の頃の記憶で、思い出すと胸の奥がきゅーっとなる思い出がいくつかある。どうってことない日常の記憶。そのうちのひとつをふと思い出していた。母と一緒に向き合って四角い浴槽に入っている私。洗い立ての濡れた髪に、そっと母がヘアクリームを塗ってくれて、凄く嬉しかった。あれは、子供ながらに女性としてきれいにしてもらった(しかも母から)ことの喜びだったのだろうと思う。

私が生まれる前から父は独立し、母はいつも父の仕事を手伝って忙しかった。小学生になる頃には弟も妹もいて、しかも妹が生まれた時に自分はもう親に甘えられないのだとはっきりと自覚してしまった私にとって、母と二人きりでゆっくりと過ごしたあの時間が、自分が幸せな子供だった時間の一つとして、しっかり刻み込まれているのだなぁ、としみじみした。

自分がどんな子供時代を過ごしたのか?そして自分が普段思っている以外の出来事も確かにあったのだと思い出させてくれること。母親との関係性に関するエッセンスは、自分と親との関係性を新たな視点で見直すきっかけを与えてくれる。
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by sweetflowers | 2006-06-11 20:13 | フラワーエッセンス | Trackback(1) | Comments(2)

人生の問題集

友人と二人、おいしい食事を頂きながら色々なことを話しているうちに、ある人のことが話題となった。人それぞれ様々な人生があって、それを単純に端で見て良い、悪いとは言えない。だけれど、その人が持つ潜在的パワーの凄さなのだろうと思うのだけど、時に周囲を振り回し、トラブルメーカー的な存在となってしまったりしている。本人がそれを望んでいないことは明らかで、だからこそ周囲で見ていて苦しいだろうなぁ、と感じていた。

そして本当にこれは本人とって見ればありがたい話でもなんでもないのだけれど、周囲はその人の言動に怒ったり、泣いたり、びっくりしたりする中で、「なんでそんなことになるのだろう?」という疑問と向き合うことになり、その中で自分と向き合い何かを感じていくという、少し不思議な状態となっていたりする。

もし、その人が周囲に何かを投げかける役目をも背負って生まれてきているのだとしたら、私たちは単純にその人を責めることもできないのだなぁ、と思ったりしたのだった。

そんな話をしているうちにふと「だから、問題集の中に色んな問題があるでしょ?私たちは生まれてくる時にその問題集の中から自分で問題を選んでくるんだよ。」そんなことを話していた。自分の弱点を克服する為の問題。自分の得意分野を伸ばす為の問題。誰かの役に立てるようにと知識を広げる為の問題。技術力を問われる問題。とっても難しい問題を一つだけ選んだ人。たくさんの問題を選んだ人。楽しい問題を選んだ人。あえて悲しい問題を選んだ人。きっとそれぞれ。そしてそのバリエーションの分だけ、人は多様性に満ちている。

ぽつりと友人が答えた。「でもさ、問題集を解くのに100年近い時間は、長いよねー」

さて、どうだろう?私は100年でも足りないかも?と思っている。何しろ私は、欲張って色々選んできた気がするのだ。その割に怠けてきた気がするし、そんな訳で「時間足りないかも?」なんて思っていたりする。
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by sweetflowers | 2006-06-04 22:59 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)