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心の乱視

昨日はなんとなくテレビをつけたらシンクロの世界選手権が行われていたので、そのまま観てしまいました。なにしろ、SMAPの稲垣吾郎がコメントしていると言う不思議な組み合わせではあったのだけれど、日本チームは銀メダルで何より。

ところで、会社の先輩で学生時代にずっとシンクロをやってらした方がいらっしゃいます。今でも休日にボランティアで小学生チームの練習のお手伝いをされているそうですが、それだけ大好きだったシンクロを辞めるきっかけというのが、なんと!乱視が進んだからなのだそうです。乱視になり始めた頃にはごまかしながらも続けていたそうですが、段々と練習中に注意されるように。というのも、本人がどんなにまっすぐに泳いでいるつもりでも、乱視のせいで視界が傾き、まっすぐなつもりが曲がって泳いでしまう、という状態になってしまったのだそうです。

そんな話を昨日のテレビを見ながら思い出していたのでした。

さて、乱視なのは果たして目だけなのでしょうか?自分の心の目は乱視になっていないかしら?そう考えると、乱視が進んだり、はたまたバランスが取れていたりと揺れ動く日々。せめてその揺れ幅が狭くなってくれるよう、心健やかに過ごしていきたいと思っている秋の始まりです。
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by sweetflowers | 2006-09-18 10:27 | 日々のあれこれ | Trackback(1) | Comments(0)

人生の仕掛け

先日、ひょんなことで留守電に入れた自分の声を聞いてしまった。(知人の留守電に入れたと思ったら自分のだったと言うオチあり)マイクを使って話をした時とか、「ああ、なんか耳慣れない声だなぁ」とか思っていたりしたけれど、どうやら普段からそんな声で喋っていたらしい。ずいぶん昔に、録音した自分の声を聞いたことがあったけど、あれから年を経た分だけ大人の声になっていると思っていたのに、思った以上に幼い声で「なんだこりゃ」と軽くショックを受けた。ああ、びっくりした。

ところで、私はマイナスに傾くとせっかちになったりする。にもかかわらず、私が苦手とするタイプのひとつが、このせっかちなタイプだったりするのだから、この矛盾!せっかちな人と接するときには、自分の中の全エネルギーをその人に集中させて、普段の自分とは明らかに違うレベルで接するわけで、その後は本当に疲れる。でも苦手なのは、例えば親の影響じゃないかとか、小さいときにこんな経験があったからじゃないかとか、そういう人と接する度にあれやこれやと理由を探ったりしてみたけれど、なんのことはない。自分の中にある見たくない面をデフォルメされた人が現れていただけなのだ。ああ、本当にばか。

緊張するのも、人が聞いたらくだらないと思うような理由だ。その人に「こいつは駄目だ」と思われたくないのだと思う。そしてせっかちな私は、私自身にもそうやっていつも駄目出しをしているのだろう、きっと。

それにしても、日常は時々こうやって軽いジャブを投げてくる。その中にある種明かしに気が付いた時には「おおっ」と思ったりする。人生には自分が思っている以上に、種も仕掛けも潜んでいるらしい。
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by sweetflowers | 2006-09-15 01:39 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)

根っこの実り

あまり出世欲がないせいか、自分が評価されていない、と感じたことはない。評価されるのはそれに値するリスクを負う必要があると思っているし、それだけのリスクを自分が負っている、とことさらアピールするほど負っているとも思っていない。なので、相応に評価を頂いていると思っているし、そこは我ながら器のちっせーやつで、平均以下じゃなければいい、という中途半端な意欲のなさ。でも、そう余裕を持って過せるようになった頃から、仕事もし易くなってきたように思う。

会社と言う目的を共有する組織に所属し、とは言えそれぞれの思惑や立場の交錯する場所。でも結局そこで一番大切なのは周囲やそして自分ともどうコミュニケーションをとっていけるか、と言うことだと思っている。そしてそれが大切なのは、家族と言う集合体でも同じ仕組みなのだ。

以前に弟と話をしていて、彼が向き合っているテーマが自分のそれと同じなことに驚き、家族っておんなじ根っこを持っているんだなぁ、と思った。そして根っこから木の幹へと伸び、四方へと枝葉が伸びるように、彼が向き合うテーマと自分のそれとが、それぞれの特性を帯びていてまた面白かった。

弟や妹が自分と共有するテーマに今向き合っているのだと垣間見える時が、たまにある。「ああ、こうすると楽なのに」と思う時もあるけれど、体当たりしなければ分からないこともある。横目で見つつ、「まぁ、頑張りたまえ」と言った気持ちになったりして、ちょっとは姉の余裕を見せたりする。彼らなりのやり方で彼らなりに取り組む姿を見ながら、ふと自分を見返して学ぶこともまたある。

ぶつかったり、離れたり、労わり合い、共有する。家族もまた、同じ目的を共有する集合体なのだと不思議な気持ちになる。そしてその受け継ぐ流れの中でどんなコミュニケーションを取っていけるのか。そして、それが実りの多さをもたらしてくれると信じつつ・・・・。
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by sweetflowers | 2006-09-07 02:00 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)