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突然の怪我に

随分前ですが、駅の階段を降り始めた時に、後ろから追い越された人とぶつかった勢いで転んでしまったことがあります。

少々高めのヒールだったこともあり、「あっ」と思った時には浮いていました(笑)

幸い2、3段を飛び越えたくらいで済んだのですが、その割には左足首が痛い。捻挫をしてしまったのでした。

足首の捻挫と言うのは結構やっかいで、よく使う部分でもあるので治りが遅かったりします。またその頃外出が多かったこともあり、歩けないのは困る。

そこで、「アルニカ」「スターオブベツレヘム」のフラワーエッセンスをセルフヒールクリームに混ぜて、足首に塗って過ごしていました。そのせいか、あまり酷くなることもなく日常生活をこなすことができて、助かりました。

アルニカは肉体的なショックを癒してくれますし、またスターオブベツレヘムもトラウマを癒してくれるエッセンスです。捻挫と言う肉体面に受けた傷を癒していくのに、私がよく使っていくフラワーエッセンスの組み合わせでもあります。そしてセルフヒールクリームはフラワーエッセンスを混ぜるベースのクリームとしては勿論、その名前の通り自分自身の健康を回復させていくことをサポートしてくれます。

お医者様に診て頂いたり、お薬を飲んだりといった方法と平行して、フラワーエッセンスも使うことで慢性化せずに済んだのかな?などと思ったりしています。
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by sweetflowers | 2008-05-28 01:29 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(0)

アオザイを身にまとう女性たち

自宅近くの幹線道路は、只今工事中。

そんな中、以前からあった歩道橋を一時的に場所をずらしたりしているのですが、その歩道橋があまりにも無骨なのです。グレーの鉄筋を交差させたいかつい姿は要塞のようで、見るたびがっかりしてしまいます。

ところで、随分前に雑誌に載っていた記事で、とても印象に残っている記事があります。

それはベトナムの女性たちを特集した記事で、ページには様々な職業の女性たちの飾らない笑顔が溢れていました。その記事の中で幼稚園と小学校の先生たちだったと思うのですが、白いアオザイを身につけ、メイクをした女性たちが写っていました。その口元は色鮮やかな口紅で彩られ、ちょっと日本の保母さんとは印象が異なってとても女性らしいのです。

ベトナムでは、子供達にこそ美しいものをたくさん見せるべきだということで、保母さんや小学校の先生だからこそ、そういった姿で子供達の目の前に立つのだそうです。

そのせいか、私の中ではベトナムの女性達と言うと体にぴったりとあったアオザイを身につけ、えも言われぬ女性らしさを漂わせている印象が強いのです。

今はもしかすると状況が変わっているかもしれません。
ただ、あのどうにも心が滅入る歩道橋を目にするたびに、そんなことを思い出したりしてしまうのです。
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by sweetflowers | 2008-05-25 22:23 | 日々のあれこれ | Trackback(2) | Comments(2)

淀みなく美しさを紡ぐ手

「不要なものを取り除いて、どうやったら活かせるかを考えるの」

不意にテレビから飛び込んできた言葉に思わず反応して画面を見ると、花を活けているところだった。

器に挿された1本の枝。小さな枝が切られていった後、重心を下げた位置に大きな、淡いピンク色をした芍薬の花と数本の百合の花。そして最後に葦を1本。左上へとすっと伸びる緑の線が出来上がる。

なんてきれいなんだろうと思った。

そして淀みなく動く手に、一体どうなっているのだろうと思った。

まるで最初から分かっている場所に活けるように、迷いが無いのだ。

美しい空間が生まれるとき、そこには不要なものが無い。分かってはいるけれど、一体何が不要なのかも時々分からなくなる。

さて、先日のお茶会では「美しさ」をテーマにした。私なりにそのテーマを捉えた時に、そこには絶対に必要なプロセスとして「自分の内側に問いかける」プロセスと、「そこから得た情報を纏め上げ、現実の世界に表現していく」プロセスがあると考えて、そのことをサポートしてくれるフラワーエッセンスをいくつかご紹介した。

その中のひとつに「スターチューリップ」のエッセンスがある。紫色をした小さな花は、その内側にびっしりと繊毛が存在する。「猫の耳」と表現されるその姿は、繊細なものを受け取る力をサポートしてくれる。本来の自己が発する声に耳を傾け、そこから受け取ったものを大切に育てこの世界に表現していけたらどれだけワクワクすることだろう。そう思って、このエッセンスを選んだ。

それは、「活かしていくものは何なのか」を探ることでもあるのだろう。「活かすもの」があって、初めて「不要なもの」が存在できるのだ。

あの淀みなく動く手のように、迷い無く、不要なものが決められれば、もう少し美しい空間が私の周りに溢れるのだろうとは思うけれど・・・・。歩みは遅いのだ、残念ながら。
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by sweetflowers | 2008-05-17 23:24 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(0)

5月のお茶会「美しさ」をテーマに

本日は5月のお茶会でした。「美しさ」をテーマとして、色んなおしゃべりをしました。でも最終的に「これ」という結果が出ないままに・・・・。本当に一筋縄ではいかないテーマでした(笑)

私自身「郁子さんにとっての美しさは?」と聞かれても明確に「これです」と言えずに、あんなかんじかな?でもこんな感じのも、なんて実にはっきりしない。ただふと、単独に何かが存在するのではなく、そこに色んな要素が組み合わさって絶妙なバランスで存在した時に、心が打ち震えるような「美しさ」を感じたりするのかな?と思ったりしました。その時にしか存在し得ない、という、そのどうしようもなさに惹かれるのかもしれません。っていうのも、やはり抽象的ですね。

さて、持ってきて頂いた雑誌の中にIKKOさんの写真ありました。彼女(で、いいんですよね?きっと)は一生懸命努力しているのに、そこに痛々しさがなくて愛らしさがあるのはなんでだろうね?そんな話をしながら、彼女が過去に負ってきただろう辛さと、その辛さを受け止めた上での自分や周囲にかける愛情の深さが、彼女の愛らしさに繋がっているのかしら?とも思ったりしました。「一緒に仕事したら怖そうだけど」と笑いつつ、「慈しむ」という言葉が浮かんだりもしました。

「慈しむ」という字を手元にある新字源で調べてみると、そのなりたちは「『心』と『音符茲』(愛養する)とからなり、愛情をかける意を表す」と書いてありました。愛し養うもののベースには心がある、というところなのでしょうか。

その心は一体どんな心持なのか。そこから発しているものはなんなのか。

それによって愛情をかけたものがぐっと深みを増して、そこに存在できるのかもしれません。

今回はお土産にお花を頂きました。そのお花をしばらくの間眺めながら、自分なりの「美しさ」をもう暫らく探っていけたらと思います。

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by sweetflowers | 2008-05-12 00:16 | フラワーエッセンスでお茶会 | Trackback | Comments(0)

時間の合間にできること

「時間の合間にできることリストを作っておくと良い」とかいうようなことを本で読んで、それは今の自分に合いそうだと思い、早速試してみることにしました。

勿論リストを作るだけではなく、実際に時間が空いた時にそのリストからやれることを選んでやる訳ですが、実際にやってみると「1日ってこんなに時間があったんだ!」と思うほど、作業がはかどったのです。

今までだったらただ過ごしていた時間が、おそらく意識的に過ごすようになるからなのかもしれません。

このリスト、ただあげるのではなく、自分を高めるようなものをあげるのがコツなのですが、私はその中に「掃除をすること」も加えておきました。すると、ほんとにこまめに掃除をするようになりました。といっても大掛かりなものではありません。気が付いたところをちょこちょこと拭いたりするだけです。

今までも気が付いた時にすぐできるようにと、小さく切った布を籠に入れておいてあったので、ツールは変わりません。ただ、例えばお湯を沸かすにしても、その間部屋で座って待つのではなく、「ああ、そこの棚でも拭いて待とうかな」と意識が向くようになり、拭き終わってまだお湯が沸いてなければ「じゃあ、ついでに隣の冷蔵庫も」と言う感じ。で、お湯が沸いたらお終いです。

たったそれだけでも、ちょこちょこ掃除の回数が増えるので、結果的に今までより多くお掃除していることになるんですね。

このリスト、ちょっとばかにできません。
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by sweetflowers | 2008-05-06 17:30 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(2)

世界は回る

年末に植物を枯らせてしまったお話をブログに書いたのですが、ほんの2,3日前にこの植物を植えていたところから、見覚えのある茎が2本、伸びていることに気が付きました。

ひょろりと伸ばしたその茎は、正にあの!枯らしてしまった植物のものでした。

枯れたと思っていたはずなのに、いや、そもそも枯れたと思った時に根っこから引き抜いてしまった気がしなくもない。いや、細くしなびた茎だけを折ったのか?その前に種が落ちていたのか?何故何故何故?

何しろ「四葉のクローバー」なる名前のついた種を貰って蒔いたので、でも、私が子供の頃に野原で探したクローバーとは違っていて、ほんとはどんな植物なのかも知らないのです。

けれども、私が知らないだけで、ちゃんと世界は回っているのだと思いました。

ちょっと色々と考えることがあった時期だったので、ある日ふと目に飛び込んできたその姿は、自分の目に見えていることだけで何かを判断することはない、と言われたようで、しばし見つめてしまいました。

今日もう一度覗いてみたら、先の2本だけではなく、たくさんの茎が伸び始めていました。しばらく寂しかったその場所も、これから賑やかになりそうです。
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by sweetflowers | 2008-05-04 16:13 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)