お母さんのアイシャドー

「キャラリリー」というフラワーエッセンスがあります。
これは、自分の性に関してなじめなかったり、あるいは女性なのに男性のように育てられた(またはその逆)方が、自分の性をしっかりと受け入れていくことをサポートしてくれるエッセンスです。半月ほど前から、思うところあってこのエッセンスを飲み始めました。

私には弟が一人いるのですが、そのおとなしい性質に「長男」としての物足りなさを両親は感じることがあったように思います。そして、なんとなく私自身もそう感じていて、自分の中で「長男」としての役割を肩代わりできるのではないか?そう感じたことがあったなぁ、とふと思い出したのが飲み始めたきっかけでした。

ところでやはり半月ほど前にある出来事を思い出しました。

私の母は普段彼女の言う「身だしなみ」程度の化粧をします。それは眉の薄さをカバーする為のアイブロウであったり、しみを隠す為のファンデーションだったり、色の悪さをカバーする為の口紅だったりします。でも、昔、家に帰ってきた母が「こんなのされちゃったのよ」と言いながら見せてくれたのが、まぶたに塗られたアイシャドーでした。
知り合いのお店で塗られたアイシャドーはほんのりとゴールドが入ったベージュのグラデーションで、子供ながら「きれいだな」と思って見つめていたことを思い出したのでした。口ではそう言いながらも、なんとなく浮き立つ母の心が伝わって来たのを覚えています。
それから「母」と「アイシャドー」に関する出来事がいくつか思い出されましたが、それは「アイシャドーなんかしちゃって」的な発言の数々で、あまり好ましく思っていないシチュエーションばかり、なのでした。

さて、お絵かきが大好きな子供だった私は、「アイシャドー」が好きな大人になりました。綺麗な色合わせをみると、子供の頃に感じたように心が浮き立ってくるのです。にもかかわらず、先日はっと気が付いたことがありました。
普段、私は男性の多い職場で働いていますが、本当に仕事が切羽詰った時にメイクをしている自分にふと後ろめたさを感じたのでした。「そんな時間があるなんて、大変だって言いながらまだ余裕があるんじゃないの?」そう思われることを恐れていたのでした。(だって、男性に比べたら、圧倒的に朝の身支度に時間が掛かっている訳ですから)

思えば母だって「装う」ことが嫌いなわけではなく、むしろ好きだったのだと思います。結婚前に大きな花柄のワンピースを着て笑っている母の写真がありました。「お母さんだって昔は結構おしゃれだったのよ」と自慢げに話す母。ただ結婚後の大変だった毎日の中で、それを自分に許すことが母にはできなかったのだろうと思います。そして母の感じたメッセージは確実に私にも伝わっていたことを改めて感じたのでした。

「装う」ことはとても贅沢な時間だと、以前から考えておりました。それゆえに自分にそれを許すことも大切だとも感じています。
女性として生きていくことのベースを母からたくさん受け継いできました。そしてそれは決して否定的なものばかりではないことも、たくさんの思い出が教えてくれます。自分の周りに浮き立つメッセージを読み取って、不要なメッセージをひとつひとつ、手放していけたらと改めて感じているこの頃です。
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# by sweetflowers | 2005-06-01 09:38 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(0)

暮らす服

少し前に、ある通販会社から「私たちの暮らす服」というタイトルのカタログが届いた。
いたくそのタイトルが気にいった私ではあったのだけれど、それはほんの少し前の自分を思い起こさせるからなのだった。

ワードローブはその持ち主が今どんな状態なのか、如実に表す、と思う。色やラインナップを見れば、その人の心の状態や生活スタイルがある程度見て取れる。
数年前、私のワードローブは仕事の場で着れる物が殆どで、それ以外の場でしか着る事のできない洋服は殆ど持っていなかったと思う。お給料の中でやりくりする関係上、という理由もあったけれど、何より心のバランスが悪かったのだと思う。仕事をこなすことに必死で、方向性も見えないまま、ただひたすらもがいていたように感じる。
その頃セッションで勧められたフラワーエッセンスは「子供のような無邪気さ」を取り戻すジニアであったり、頭脳を駆使することが多い人に「感情のぬくもり」を取り戻すナスターシアムであったりした。今から振り返ると、なんて痛々しいのだろうと思う。「喜び」というダイナミックな感情から切り離されていたのかもしれない。でも、その頃は今の自分が感じているほど「悲しい」とは思わなかったし、それよりもただただ疲れていたように感じていた。瑞々しいまでの心のしなやかさが失われ、感情を感じる幅が狭まっていたのだろう。きっと。

自分の人生が転がり始めたのは、ほんの小さなきっかけだった。「やすらぎの部屋」の美保さんからフラワーエッセンスクラスの受講を勧められ、数ヶ月間通うこととなった。たったそれだけのことだったと思う。

子供の頃、海に行くと波打ち際で波と遊んだ。波が引くとき、私の足が立っている場所にはひとつの流れができる。それが面白くて、足を色んな方向に出してみると、流れの向きが変わって、また別の方向に出してみると、また変わる。
フラワーエッセンスのクラスに通うことは、自分の足を一歩踏み出して、違う流れを作り出したのだろうと思う。

今、私のワードローブはあの頃よりずっと少ない。けれども、バリエーションは増えた。様々なシチュエーションで暮らす私がいて、様々な服がある。自分の暮らしと沿った服を見る度、私は嬉しくなる。

 「息苦しいワードローブには、もう戻りませんように」

そんな事をひっそりと願っていたりする、今の私である。
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# by sweetflowers | 2005-05-31 01:42 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)

アブラムシ協奏曲

我が家のベランダに、2年程前に買った「カランコエ」の小さな鉢植えがある。
随分前に一度アブラムシの大群に襲われたことがあった。その時は確か綿棒でふき取った気がする。それからしばらくはアブラムシにも襲われることなく過ごしていたけれど、先日ふとみると、またもやアブラムシの大群に襲われていた。

どうしたものだろうか・・・・。

以前読んだ本の中に、やはりアブラムシに襲われた植物に関する記述があったのを思い出した。「クラブアップル」のエッセンスを入れた水を与え続けたところ、アブラムシがいなくなった、という話だった。
物は試しとばかりに数日続けてクラブアップル入りのお水を与えてると、確かに減った・・・・、気がする。まだ数匹いるけど、びっしりじゃない。

そもそも本に書いてあったのは、 「アブラムシに襲われた植物がそれを不快に感じているように思われ、浄化のエッセンスであるクラブアップルを与えた」というような事だった。虫がついたから即クラブアップル、ではないのだ。

我が家のカランコエは何を求めているのだろう?

そんなことを改めて考えていると、「構ってもらいたがっている」ような気がした。そう言えば他の鉢植えと比べると、少し放っておき気味だった。(なにせ丈夫だから)

もう少し気にかけてみようかな?
それに、今度はチコリーのエッセンスも加えてみようかしら?

そんなことを思いつつ、しばらくはカランコエの声を訊く練習になりそうだ。
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# by sweetflowers | 2005-05-26 02:07 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(0)

声を訊く

昨日、友人に以前から勧められていた美容院に行ってきました。
会うたびに勧められること2ヶ月あまり。お店の名刺を渡されること3枚目。「明日絶対予約の電話を入れること!」と遂に言われた翌日、やっとこさ予約を入れた私でした。決して行きたくなかったわけではなく、単に時間が無かっただけなのですが・・・・。(身なりを構わないわけではないのです!)

さて。
感想を言えば、やはり友人が熱心に勧めるだけのことはあったのです。色々言わなくても仕上がってみれば「あら、こんな風にしてみたかったのよね」と言った髪形になっていたのでした。しかもヘアセットの楽なこと!こんな快適さもあったのね、という感じです。

ところで、カットの最中、いきなり「ストレートパーマかけたでしょ」と美容師さんから言われたのでびっくりしてしまいました。
「1年位前ですよ!何で分かるんですか?」驚いて聞いてみると、彼女はにっこり笑いながらこう答えてくれました。

「髪に訊いたの」

何も本当に私の髪が彼女に話し掛けた訳ではないにしても、何年もの間、毎日のようにたくさんの人の髪に触れてきたのだろうと思います。その日々の中で、観察と熟考と検証と。そんなことを積み重ねてきたたくさんの日々が、彼女に髪の声を訊く事を可能にさせたのだろうな、と思います。
私も花の声を訊きたいと思うし、言葉だけでは伝えきれない様々な響きも訊いていきたいと願っています。その為に今どれだけのことができるのか?そのことにどれだけの時間を割いていけるのか?ふと、自分を省みて「むむむ」と感じてしまいました。

やっぱりプロは凄いなぁ。

髪を切る、ということだけでなく、なんだかとても良い出会いをさせて頂いた気がして、熱心に勧めてくれた友人に感謝した日曜日でした。
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# by sweetflowers | 2005-05-24 01:22 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(2)

アイドリングのアロエベラ

ここ数日忙しかった・・・・のもあるけれど、それにしてもここ2週間程の私の疲れっぷりったらなかった。一体どうしたことだろう?

イベントの翌日からだから、その疲れかな?でも周りを見てみると、新月の影響を受けている人もいる模様。私も?いやでも、少し前までの忙しさで溜まっていた疲れが出たのかも?

色々要因は思い付くけれど、「これだ!」と言うほどの理由も見つからず、とにもかくにも辛かった。(今思えばだけど)体も今ひとつだったけれど、何より心がすかすかで、「乾いた心とはよく言ったもの」と言うほどに、乾いて、妙な軽さとなっていたのだ。
という訳で、日中辛い時だけ、「アロエベラ」のエッセンスを飲んでみる事にした。どうやら今回はこのエッセンスが助けになったようで、快調と言うわけには行かなかったものの、日常の用事を済ませられる位の状態は保てたように感じる。

さて、アロエベラ。
数年前に宮古島を訪れた際に、地元の珍しいお料理を出してくれるお店に入った。色々珍しいものを頂いたのだけれど、その中に「アロエのお刺身」があった。
アロエベラの葉は、肉厚で大きい。その固くて苦そうな葉の中には、瑞々しい葉肉がたっぷりとつまっている。その部分を薄くスライスして、生姜醤油で頂くのだ。かじると歯に少しだけ残るしゃくしゃく感。たっぷりと潤いを含んだ果肉が口の中に教えてくれた新鮮さが、記憶に残っている。

ところで、フットワークが軽い人と言うのは、車で言うならアイドリング状態なのだという。止まっているようで止まっていないから、発進が早いのだ。アロエベラのエッセンスは、そのたっぷりとした潤いで、私の心に少しばかり弾力性を戻してくれたらしい。つまりはアイドリング状態にしてくれたらしく、体調が戻りつつある昨日くらいから、俄然やる気が出てきたのである。

停滞の後にはスタートラインが待っている。弾力性を戻した心を使って、どこまで飛び出せるか?少し楽しみなのである。
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# by sweetflowers | 2005-05-20 06:29 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(0)