完璧なる調和?

「やすらぎの部屋」のコオさんが出しているメルマガがある。2,3行の短いメッセージがほぼ毎日届く。

先日、そのメルマガをやはり読んでいる方と話をした際、「短いけれど内容が深いから、理解するのに時間がかかるの。だから毎日大変」といったようなことを話してくれた。
成る程。

それに対してB型の私は「私はさっと読む。(ああ、コオさんごめんなさい。なにしろ時間が・・・・。)それでもその時の自分にとって必要なものは、ぱっとひっかかると思っているから。」なんて、いかにも、な答えをお気楽にしたのだった。

果たして、翌日。
私の元へ届いたメルマガにはこう書いてあった。

 「最終的にはあなたが何かを与えそこなったり、受け取りそこなったり、ということはありません。あらゆる点において一つの見落としもなく完璧な調和が達成されるのです。」

こんな時、神様って平等だと思う。
昨日話した相手だけでなく、適当に答えてた私にもわかる形で、こうして答えが返ってくるのだから・・・・・。
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# by sweetflowers | 2005-05-17 01:19 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(2)

ピーリング・オニオン

フラワーエッセンスの効果は、「たまねぎの皮むき」(ピーリング・オニオン)に例えられることはよく知られています。エッセンスを飲む事で、たまねぎを剥くようにゆっくりと1枚ずつ私たちを覆っているものを剥がし、本来の自分へと近付けていってくれます。それ故、エッセンスのもたらす変化はゆっくりとしたものになることも多いように思います。(勿論、状況によっては速やかな変化をもたらすこともありますが・・・。)

この例えはとてもよくできた例えだなぁ、と、この頃とみに感じるのです。

同じたまねぎと言えども場所によって厚みが違うように、変化のプロセスは緩やかなことも、あっという間ということもあります。その刺激成分への反応が人様々なように、感情を大きく揺さぶられる方もいるし、比較的緩やかな方もいます。そして剥きつづけたところで、芽が中心にはあるものの、芯がある訳でもない。

本来の自分とは、形で表せるものではないのかもしれません。

さて、その変化のプロセスですが、私自身は比較的緩やかな、また感情的にも穏やかなプロセスを辿ることが多いです。けれども、数年エッセンスを飲み続けた道筋を振り返ってみると、そこにはエッセンスが教えてくれた変化の道筋が見えてきます。
「フラワーエッセンスの効果が分からない」という声を度々耳にします。私自身も、大きな変化を自分自身で感じることが必ずしもできたわけではありません。
ただ、最近は、外に現れることだけにとらわれる事もない、と言う風に感じています。
エッセンスと接する中で自分の内側に密かに見え始めたもの。そしてその部分にしっかりと焦点を合わせていった時。その時初めて、確かな変化が感じられるのではないかと思っているのです。
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# by sweetflowers | 2005-05-14 23:29 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(0)

表現と言う豊かさ

創造力をサポートするエッセンスとして、アイリスのエッセンスがあります。青色のキャンドルは第4チャクラを意識し、色もそうですが、精油も創造性や表現を意識したものを使用しました。そしてこの青いキャンドル用に使用したフラワーエッセンスが、アイリスのエッセンスだったのです。

アイリスの姿は中心部分の花弁が内に丸まり、何かを受け止めるかのようです。そして外側の花弁は何かを放つように外に開いています。その姿から、創造性と言うのは、天から与えられる情報を受け止め、自分を通してそれを外に放つものだろうということを、最近自分なりに解釈するようになりました。自分と言う受け止める器があって、初めてなし得るものなのだろうと感じています。

様々な情報を受け取るだけの柔軟さと、外に放つだけの強さを与えてくれるのがアイリスのエッセンスなのかもしれません。

ところで、キャンドルを作成中に私がアイリスのエッセンスから受け取ったメッセージは、「表現という人生の豊かさ」でした。どんな形であれ、人生を通して何かを表現をしていくことはとても豊かなことなのだろうな、と思い、私の中で大切にしていきたいと感じたメッセージです。
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# by sweetflowers | 2005-05-11 22:16 | フラワーエッセンス | Trackback | Comments(0)

特性を生き切る

昨日書いたblogにあずまさんがトラックバックとして"ツリフネソウの「いのち」"として、インパチェンスの仲間「ツリフネソウ」のお話をご自身のblogに書いて下さいました。ありがとうございます。

種子をまき終えると干からびてしまうツリフネソウの姿に、それでいい、と書かれた文章に胸を突かれました。
奇しくも今日たまたま見たメルマガに「夜回り先生」として有名な水谷修さんの本が紹介されていました。私は水谷さんの本は今まで読んだことは無いのですが、メルマガで紹介されていたある文章に、ぐっと心を惹き付けられたのです。

  「こんなこともできないのか」
  「なにやっているんだ」
  「そんなことでどうする」
  家庭や学校では、そんな心ない言葉が満ちあふれている。
  そんなに子どもはダメだろうか。私はそう思わない。

先日のイベントで久しぶりにお会いしたりょうこさんは、「その人のマイナス部分を直すヒーリングはもういいと思う。」と仰っていました。「そう言えば、前からりょうこさんそう言ってたものね。」そう答えながら、自分を癒したいと思いつつ、自分を責める方向にいってきてはいなかっただろうかと、改めて思い直しました。

 「こんなこともできない私」
 「何やっているんだろう、自分」
 「そんなんじゃ、駄目」

そんな言葉を常に自分に投げつけていないだろうか?
そんなに自分は駄目だろうか?そんなにあなたは駄目だろうか?
私はそうは思わない。

自分の特性を行き切るのが植物の姿であれば、その植物が分け与えてくれるエッセンスは私たちが本来の特性を生き切る手助けをきっとしてくれるのだろう。
そう強く感じるこの頃です。
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# by sweetflowers | 2005-05-10 19:55 | 日々のあれこれ | Trackback(1) | Comments(0)

おこりんぼうの涙

あずまさんがご自身のブログの中で「花のいのちのいっさい」という鈴木大拙の言葉を書いていらっしゃいます。読んだ時には「うーん」とうなってしまいましたが、それ以来私の中で気になり続けている言葉となっています。
先日のイベントであずまさんにお会いした際に、「インパチェンスの茎は柔らかく、中は水っぽい」のだと言うことを教えて下さいました。その時は「そうなの?知らなかった!」なんて答えただけでしたが、今日ふとそのことが頭をよぎったのでした。

インパチェンスはホウセンカの花のことで、この花のエッセンスはイライラや緊張の為のエッセンスと言われています。その種がはじける様は正に緊張が頂点に達して爆発するようでもあり、想像しただけで体に緊張が走るようです。
実を言うとこのインパチェンスのエッセンスは、私のタイプレメディのひとつだと認識しています。インパチェンスのエッセンスを発見したバッチ博士は、インパチェンスのエッセンスが必要な人のことを「干渉されずに、すばやく一人で働くことを好む」と述べていますが、私自身正にその通りで、自分のペースで物事が進んでいかないと苛立ってくるタイプでもあります。(なんて気の短い)

まっすぐに、ただまっすぐに上へと伸びるその茎は、ただひたすら前へと進もうとするがむしゃらさを感じます。その実、茎は細く柔らかく、その過程で得たものの脆さを表しているようだと思った瞬間、思わず涙がこぼれたのでした。

前へ前へと闇雲に進んでいこうとする心の底には、立ち止まってしまう怖さが隠れています。立ち止まることで、自分の中が実は空っぽなのだと言うことを見せ付けられてしまう。そのことを恐れているのだろうと思います。そんな脆さや痛みや悲しみが、インパチェンスの茎の水っぽさに現れているように思え、またそれが自分の姿と重なるようで、この花の孤独さを知ったように思えたのでした。

「まるで涙のようだわ」

そう思ったとき、またしても涙がこぼれてきてしまったのは、思い入れが強すぎたのかもしれません。
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# by sweetflowers | 2005-05-09 20:33 | フラワーエッセンス | Trackback(1) | Comments(0)