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That's OK!!

ハワイのオアフ島でヒーリングサロンを主宰している朱実カウラオヒさんの本、
ハワイアン・マナ 71の教え 「マナあふれる人」に幸運は寄ってくる





の中に書いてあったお話ですが、日本の歯医者さんに通っていた頃、お子さんの発熱などで急にキャンセルせざる得ないような時に電話を入れると「困りますねぇ、本当に来られないんですか?」と不機嫌そうに言われ、大変恐縮したのだそうです。

一方その後住み始めたハワイでは、キャンセルの電話を入れると朗らかな声で「That's OK」(大丈夫よ)という返事が返ってくるそうで、そうすると安心して次の予約の相談ができるのだそうです。

言われてみると確かにそうで、一旦受け入れてもらえてからだとお互いに心の余裕をもって次の話ができるように感じます。

例えば友達との約束の時間に遅れそうなときに、連絡を入れた第一声が「ええ~?」なんてちょっと不機嫌そうな声だと本当に恐縮してしまいます。遅れているこちらが悪いとはいえ、「怒っているよね?」なんて考えながら約束の場所へ急ぐことになると、なんだか憂鬱になるし、楽しかったはずであろうそれからの時間も、なんだか楽しめなさそうな気持になってきます。焦るだろうし、相手のことが気になって気もそぞろとなってしまって、人にぶつかったり、もしかすると転んだりしてしまうかもしれません。

でも、「うん、大丈夫だよ。気をつけてきてね」と言われると、ほっとするし、落ち着いて行動できる分、思っていた以上にスムーズに辿り着けて、結果的にあまり待たせなくて済むことになるかもしれません。
それに待っている方も気持が落ち着いて、そこからさきの時間は楽しい時間を過ごしていけるような心の状態になるのではないでしょうか?

それから自分自身に対してこの言葉を使うのも、いいな、と思います。

何か失敗してしまった時やトラブルにあったときにも、まずは「That's OK」
そうして気持がニュートラルになったら、顔をあげて次の行動に向かっていきます。

だって、結局のところ何が良いことだったのかなんて、その場では分からないことの方が多いと思うんです。起きてしまった出来事はどうしようもないけれど、それをどんな気持ちで受け取ったかでそれから後の展開が変わっていくのではないのかなって思います。だったら先に「それはOKなことなんだ」と決めてしまった方がいい。

そうは言っても・・・・な時もありますが、そんな時でも「That's OK」
それさえもきっと「OK」なことなんだと思います。
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by sweetflowers | 2008-09-15 22:20 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(6)

毎日すこしづつ

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ここ数日、過ごしやすい日が続いていますね。空もなんだか高くなってきたし。やはりお盆を過ぎた辺りから、季節はゆっくりと秋へと向かっているのかな、と思ったりします。

さて、先日少々熱があり、ゆっくりと休むことにしました。

たっぷりと寝て、夜にはゆっくりと湯船につかっている中で、ここしばらくこんな風にゆっくりと自分の体に耳を傾けていなかったことに気が付きました。

どうやら、体の方から「少しは気を使ってくれ」とばかりにメッセージを投げかけていたようです。

例えばゆっくりとしたバスタイムを取る、体に優しい食事を摂る、いつもより歩く量を増やしてみる、お肌を少しだけ優しく扱ってみる、緑の多い場所を散歩してみる、好きな音楽を聴く、香りを楽しむ、などなど、自分を労わることはどれもそれほど大変なことではないのだけれど、毎日となるといつの間にやら後回しになってしまう。

それでも、気がついた時に簡単なことをひとつづつ。

そんな風に日々を過ごしています。
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by sweetflowers | 2008-08-19 22:20 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(4)

喜ぶ存在

ある方のブログで「もし自分が自分自身の守護天使だったとしら」といった文章を目にしました。

自分が私の守護天使だったとしたら、どんな風に自分のことを思うのだろう?

そう考えたとたん、愛おしいというか(自分大好きっぽいですね)なんとも言えない気持ちになりました。そして感じたことは「幸せだといいなぁ」ということでした。

実際のところ私の守護天使がどう思っているかは分かりませんが、この気持ち、大切な人を思う時に誰でも感じることなのではないかと思います。

自分以外の人にはそう感じられるのに、自分自身に対してはそんな気持ちがあることすら忘れてしまっていたような気がします。

私自身色んな願いや欲がありますが、でも結局のところただ幸せであって欲しい、と自分の中の自分は感じているのだな、と思うと、ちょっと気持ちが楽になるように思います。

頑張る必要もなく、何かを成し遂げる必要もなく、特別である必要もなく。

「幸せかい?」との問いに「幸せだ」と答えるだけで、ただ喜んでくれる存在が確かに自分の中にいる。それはなんとも心強いことだと思ったりしています。
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by sweetflowers | 2008-07-29 21:49 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)

世界は回る

年末に植物を枯らせてしまったお話をブログに書いたのですが、ほんの2,3日前にこの植物を植えていたところから、見覚えのある茎が2本、伸びていることに気が付きました。

ひょろりと伸ばしたその茎は、正にあの!枯らしてしまった植物のものでした。

枯れたと思っていたはずなのに、いや、そもそも枯れたと思った時に根っこから引き抜いてしまった気がしなくもない。いや、細くしなびた茎だけを折ったのか?その前に種が落ちていたのか?何故何故何故?

何しろ「四葉のクローバー」なる名前のついた種を貰って蒔いたので、でも、私が子供の頃に野原で探したクローバーとは違っていて、ほんとはどんな植物なのかも知らないのです。

けれども、私が知らないだけで、ちゃんと世界は回っているのだと思いました。

ちょっと色々と考えることがあった時期だったので、ある日ふと目に飛び込んできたその姿は、自分の目に見えていることだけで何かを判断することはない、と言われたようで、しばし見つめてしまいました。

今日もう一度覗いてみたら、先の2本だけではなく、たくさんの茎が伸び始めていました。しばらく寂しかったその場所も、これから賑やかになりそうです。
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by sweetflowers | 2008-05-04 16:13 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)

緑芽吹く

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一雨ごとに温かくなる季節、とは言いますが、ベランダに出るたびに感じるのは、一雨ごとに芽吹く緑。

晴れた日に、青空の下でひらひらと揺れる緑が大きくなっていく様。

雨に濡れた緑の、思わずじっと見つめてしまう息遣い。

この時期、いつも思うのは、季節は巡る。

そして、そのリズムと共に生きていくことを思い出させてくれる、緑。
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by sweetflowers | 2008-04-18 23:17 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)

喜ばれることをする

本日より4月です。入社式を行った会社も多いことでしょう。日中用事があって立ち寄った品川駅にも黒いスーツを着た若者がたくさん。それを見て、ああ!入社式か!と思い至ったのでした。

思えば何年も前に、私も品川のホテルで入社式に参加しました。生憎の曇り空で、あれからそうとう(ああ、言いたくなかった)経った今でも肌寒かったことを覚えているくらい、寒い日でもありました。これからしばらくは朝の電車が込むなぁ、と思いつつ、異様に元気だったあの頃が懐かしくもあります。

さて、今日から私の住む新宿区ではごみの出し方が変わりました。今まで不燃物として出していたプラスティック類が資源ごみへと扱いが変わり、ゴミを捨てるたびに「ええと、これはこっちだっけ?」と各家庭に配られたパンフレットを見ながら確認してます。

プラスティックでも汚れが取れないものは可燃ゴミとなるそうで、ふと、「そうか、捨てる時にきれいにしてあげると豊かな資源となって還ってくるのだな」と思いました。

子供の頃、家で出前を取ると、母は必ず返す食器をさっと洗ってから玄関先に置いていました。「洗う人が楽だから」と言われ、私もそういうものだと思って育ってきました。今思うと、相手を楽にしてあげようと言う心遣いが、その食器と共にエネルギーとなってお店の人に渡されていたのだと思うと、とても大切な一手間だったと感じます。

物質だけに捕らわれるのではなく、エネルギーレベルで人に差し出していけるものを考えたら、私たちはなんて豊かな存在なのだろうと思います。

人に喜ばれることをする。物にも喜ばれることをする。

さて、私はどんなことができるだろうか?

そんなことを考えた春の一日でありました。
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by sweetflowers | 2008-04-01 22:11 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)

響く言葉

言葉にして声に出した途端、急に自分の中で感情がリアルに響きだす。まるで春が来て雪が溶け出すように、何かが溶け出すようだと思う。

言葉には力がある、と思う。

別にたいしたことではない。

例えそう感じていたとしても、言葉にした途端、息を吹き返したかのように何かが揺れる。

さて、私は言葉を大切にしているだろうかと考えると、随分と雑だ。毎日無意識のうちに垂れ流している言葉の数々で私の日々が出来上がっているのだと思うと、ある意味納得、ある意味がっかり。

でも、時に言葉で何かが揺れ動かされる時。その響きをしみじみと味わう。

そのくらいの丁寧さは心がけておきたい、とも思う。
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by sweetflowers | 2008-03-04 22:19 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(4)

お願いの代わりに

先日、佐藤伝さんという方の本を初めて読みました。本屋で見かけて、何故だかとても気になって手にとってみたのです。

その本の中に「神様に手を合わせるときの大切なヒント」として、「感謝を口にした人にはさらなる喜びがやってきますが、お願い事をしていると、その願いはなかなかかなわない」ということが書かれていました。

どういうことかというと、例えば「お金持ちになれますように」とお願いした場合、神様は「よし分かった。来年もお金持ちになれますようにと願えるようにしてあげよう」と判断し、お金持ちになれない。「お金が循環しています。ありがとうございます」と感謝をすれば、その感謝できる状況を叶えてくれる、という訳なのです。

成る程なぁ、と思ってから数日後。セッションの際にある方がふとこんなことを口にされたのです。

それは、「自分がこうなりたい、こうしたいといった願いが具体的な時にはお願いがしやすいけれど、こうなりたい、という目標が具体的でない場合、一体どうしたらいいのだろう」といったようなことでした。

佐藤伝さんの本が頭に浮かび、「お願いではなくて、感謝をしてみると言うのはどうでしょう?」と提案してみました。

自分が女性を存分に味わって生きていくにはどうしたらいいのだろう?というのがその時その方が取り組んでらしたテーマでしたので、「例えば、『女性として生まれてこれたことに感謝します』とか、そんなのはどうですか?」とお話してみると、「ああ、その方がお願いするよりしっくりきます」と仰られて、早速試してみることにしてみたようです。

神様に希望を伝えてお願いする、ということに私自身どうしてもしっくりこないものがありました。お願いをすることで、そこに「取引」が発生するように感じるのです。

「お願いだから叶えてください」から始まって「何故叶えてくれないのか?」という焦りや怒り。そして「これだけお願いしているのに叶わないなんて、これは自分に落ち度があるからではないのか?」という気持ち。「それならこうしたら神様は願いを叶えてくれるのではないか?」と条件付けをしてみる。まるで神様との間で綱引きをしているようです。

けれども「感謝」を神様に伝えた場合、そこには「取引」が発生しないように思います。そして不思議なことに「今自分が手にしているもの」に意識が向いていくのです。それとは対照に、「お願い」は「無い」ことに意識が向いている状態だとも言えるのではないでしょうか。

自分が持っているものに目が向くと、余裕が生まれてきます。余裕が生まれてくると、更に手にしている多くのものに気が付いたりします。

「今」をどういう視点で捉えていくか。そんなことが「喜び」を増やしも減らしもしていくのですね。
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by sweetflowers | 2008-02-02 20:59 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(4)

新年のご挨拶

年末年始の過ごし方&一年のごあいさつ!

明けましておめでとうございます。

新しい年を迎えると、やはりひとつの区切りを感じます。何とはなしにそのままになっていたことに向き合ってみようかと思ったり、新しいことにチャレンジしてみようかと思ったり。新年を迎える時ほど気持ちが切り替わるイベントは無いかもしれません。

今年のお正月は家族とゆっくり過ごしたり、久し振りに高校時代の友人達と楽しくおしゃべりをして過ごしました。友人達と過ごした密度の濃い時間は、何年経っても面白いくらいに克明に思い出せたりして、そんな思い出話に現在の話が織り込まれ、笑いが尽きない時間となりました。(そしてあの頃より大人になった分だけ、ちょっとだけ真面目な話も)

東京に戻ってきてからは、疲れも出たのか微熱を出してしまい、恒例となっている大学時代のサークルの新年会を欠席してしまい、少し残念な思いも。(でも、あの集いは、万全の体調で出ないと、多分倒れる。物凄いテンションなのです。みんな大人なのに・・・。)

なのにその間何をしていたかというと、メルマガの整理、なのでした。なんとなく見る気がしなくて実に半年間も溜め続けた色んなメルマガ。たまに読んだりしていたのだけれど、自分のペースがとっても遅いので、溜まる一方。

どうしたもんだろうかと思い、決めました。

一番古いものから順に、機械的に読んでいこう。

あっち読んだりこっち読んだりせずに、順番にただ開いて、読む。開いた時にざっとみて「読まないな」と思ったものは、そのまま削除する。

そうやっていくと実にスムースに片付けていくことができました。

気が向かないものはこうやって片付けていけばいいんだぁ、と思いつつ、最初のアクションがなかなか起こせなかったりするんですよね。それってやっぱり圧倒されちゃうからなんだと思います。だから全体を眺めずに、目の前のことだけをただ淡々と。

これができれば、今年の私は去年と違う・・・・筈。多分。

そんなお正月でしたが、皆さんはどんなお正月を過ごされたんでしょう?
宜しければコメント残してくださいね。

それでは、今年もどうぞ宜しくお願い致します。
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by sweetflowers | 2008-01-04 18:36 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(2)

積み重ねが生む幸せ

今年のうちにすっきりしておきたい、と先日美容院へと出かけました。行くとなると時間も掛かるし、ここのところ忙しかったので、ちょっと久し振りとなっていたのです。

数年前より、私の髪はOさんにお願いしています。不器用な私でもそれなりにできるスタイルにしてくれるので、パーマをかけるのか、とか、長さを、それも「今と余り変わらない長さで」とかそんな感じで伝えるだけでほぼお任せ状態です。

そんな感じで今回も長さだけ伝えると、Oさんは私の髪に鋏を入れていきます。顔の横にある髪にレイヤーが入るとそれだけで雰囲気が変わり「わぁ、これだけでも変わるんだぁ、面白いね」なんて話すと「そうなの、面白いでしょう」とOさん。

Oさんは座っているお客様の後ろに立った瞬間に、いつもぱっとその人のためのスタイルがイメージできるのだそうです。逆にごく普通に目の前に立たれて「どんな髪形がいいと思う?」と聞かれても「?」という感じで全然イメージが湧かないらしいのです。でもその定位置に立った時には、相手が何も言わなくてもその人が髪に持っているコンプレックスまでもが分かるのだとか。

「どうしてですか?」と聞くと「多分、初めて美容師として働き始めた時から徹底して訓練してきたからだと思う」との答え。

美容師になって最初に働いたお店では、カットモデルでの練習のたびに事細かく先輩に質問されたのだそうです。例えば「その人がこれから就職活動を迎える学生」といったライフステージやライフスタイルを説明し、それを考慮した結果どんなスタイリングを行ったのか。それからカットをするのもただ鋏を入れるのではなく、なんの目的でその場所にレイヤーを入れたのか、といったスタイリングの根拠も質問されるので、自分が行うこと全てが説明できるように意識的に作業を行うように叩き込まれたのだとか。また、アシスタントとしてお店に立っている時は、先輩がカットしている後ろでどんな風に鋏を入れているのかじっと観察をして、その後自分がブローをしている時に「あ、だからここをこんな風にカットしたんだ」と気が付いたり、確認したりしたのだそうです。

指摘されてへこんだこともたくさんあったけれど、それでも本当に辞めたいと思ったことはない、とも。そうして最初のお店で教わったことをその後も独自に訓練を積み重ねていって、ベテランとなった今でもそんな勉強の日々はまだ続いているのだということでした。

「美容師って遊んでいるように思うかもしれないけれど、全然そんなことない。生活全てが美容に繋がっているし、その為に例えば友人関係とか犠牲にするものも多い」とOさんは教えてくれました。そうやって何年もかけて積み上げてきたものが生み出すOさんの技術は、本当にたくさんの人を喜ばせてきたのだと思います。

「技術で仕事をするってそういうことですよね」と言うと、Oさんは大きく頷いていました。

私自身も今、自分の生活全てがセッションへと繋がっていることをしみじみと感じていたこの頃でしたので、Oさんのお話は自分への励ましのようにも思えました。

さて、全てのスタイリングが終わって、Oさんが私の後ろに立ちながら説明してくれます。「顔の横にレイヤーをいれてあるから、ほら、こうやって後ろで結んでも髪が少し残るからいいでしょ?」

長くなってきた髪を結んだ時に、ひっつめた感じにならないように、そんなこともいつの間にか計算していたようです。鏡の中のOさんに向かって、私も笑顔で答えます。

「わぁ、嬉しい。ありがとう、Oさん」

これで髪も新年を迎える準備ができました。
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by sweetflowers | 2007-12-28 00:25 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(0)