ファインダーに切り取られた風景

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旅先の宿で、外に連なる南アルプスの山々をカメラで覗いてはまたカメラを外して眺める。良さそうな位置を見つけるとまたカメラを覗く。シャッターを切るのでもなく、ただファインダーから覗く景色と自分の目で観る景色の違いが面白くて、ひたすら繰り返していたことがある。そして自分がその時持っていたカメラでは、実際に観ていると同じだけの美しさを切り取ることができなくて、結局撮らずにただ眺めていた。

そんなことしてたっけなぁ、と思い出していたところで、少しばかり足を伸ばして館山に出かけた。

夜間から降り始めた雨は強い風を伴い、明日はどうなるんだろう?と思っていたけれど、翌朝ホテルの窓を開けると朝日が昇るところだった。普段見慣れた街並みから昇る朝日ではなく、小高い山から昇る朝日を眺めながらそうだ、写真を撮ろうと思った。太陽だけを撮ろうとしてもその良さが映らない。太陽だけでは輝く光となって映るだけで一体なんだか分からないのだ。太陽の周辺にある薄暗い景色。それが同時に映ることで、太陽のシルエットがくっきりとし、「ああ、朝日の写真だ」と分かる。

以前南アルプスの山々を結局取れなかったのは、こういうことなのだ。

きれいな対象だけでは駄目なのだ。その周囲にあるもの全てを含めてそのものが存在している。対比があって、そして全体なのだ。

ふと自分の日常を振り返る。幸せなことがあって、辛いことがあって、大変なことがあって、楽しいことがある。その対比の中で、それを含めた全てが私の日常であって、そのコントラストの鮮やかさに心を揺り動かされる。

自分の中の明るい部分、暗い部分。全てを含んで私となる。

そして、朝日が昇りきると、びっくりするほどの快晴だった。
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# by sweetflowers | 2007-01-28 11:31 | 日々のあれこれ

木の根もとのぬくもり

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鈴木秀子さんの著書の中に、こんなお話が載っています。

それは、鈴木さんが舞鶴でシベリアから引き揚げて来た60代の男性から伺ったお話です。
シベリアに抑留された方々は極寒の中様々な労働を強いられ、監視のソ連兵の虫の居所が悪ければ、例え真夜中であろうとも外に放り出されたのだそうです。
つまりは「凍え死ね」ということ。そんな中でどうやって生き抜いてこれらたかというと、新しい宿舎に連行されると、まずその宿舎の近くに大きな木があるか確認しておくのだそうです。
そして放り出された時には、その木の下に行き、皆で手をつないで木の幹にしがみつき一夜を明かしたのでそうです。

何故でしょう?

木の周りは雪国でも一番最初に雪が溶けるのだそうです。マイナス60度の夜に人の命を救うだけのぬくもりがあるなんて!とびっくりしました。

それと同時に仲間がいるということ。そのことも力を与えたのではないかと、鈴木さんは書き記されていらっしゃいます。

私はこのお話を読んだ時に、二つのエッセンスを思い出していました。

それは「ビーチ」と「オーク」という二つの木の花から作られるエッセンスです。ビーチはその大きく茂る葉が大きな影を作るように、周囲の人を批判的な目で見てしまう状態の時に使用します。またオークはその丈夫な性質があらわすように頑張りすぎてしまう状態の時に使用します。
どちらもそのマイナスの性質は周囲、自分とその対象は違ってもとても厳しい目で見てしまっている常態です。けれどもバランスが取れたときには人の命を救うぬくもりが木の根元にあるように、とても暖かいまなざしで周囲や自分を見つめ、はぐくんでいけるのではないかと思います。

まだまだ寒い日々は続きますが、その根底に潜んでいるぬくもりを感じながらこの季節を過ごしていきたいと思っています。
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# by sweetflowers | 2007-01-14 20:46 | フラワーエッセンス

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。今年一年も皆様にとって良い年でありますことをお祈りいたしております。

さて、私は例年通り田舎にて年末年始を過ごして参りました。そして昨日は何故かひたすら仏壇のお掃除に励んでしまった私。介護が必要な家族がいる我が家では、母が手が回らないところは気になった人がやる、というのが暗黙のルールになっていて、仏壇も拭き掃除はしてあったものの細かい細工のところはなかなか手が回らず年を越してしまっていたのでした。そんな訳でどうしても気になった私は綿棒を取り出してこつこつ始めたのはいいものの、数分で嫌になってきたりして。(想像以上に手がかかるのですよ、仏壇って!)誰か楽に掃除できるグッズを作って欲しい、とお正月早々他力本願なことを考えながらも、既に後には引けず、1時間かけてなんとかお掃除を完了させたのでした。(ああ、こんな私を誰か誉めて欲しい)

最初の数分でやってきた「面倒~!」という気持ちを超えてから、じわっと楽しい気持ちがやってきたりして、ああ、嫌なことの先にやってくる楽しいことの為に頑張るって、こういうことなのよね、などと改めて思ったりしたのでした。そして思ったのは、日常から学ぶことの大切さ。私が子供だとしたら、こうやってお手伝いをしていく中で何かを学んでいくことで「躾」となり、「美しいもの」が身となっていくのだろうと思ったりもしました。

とは言え、既に充分な大人となってしまった私としては自らを躾ていくしかない訳で、日常の中で日々学んでいけることを喜びとして、今年一年を過ごしていけたらいいなぁ、と感じています。

そしてメールやコメントなどで年末年始のご挨拶を頂いた方々。ありがとうございます。この場をお借りしてお礼申し上げます。

昨年ご縁を頂いた方々、長いお付き合いとなった方々。またこのブログを読んで下さっている方々。皆様から頂いたご縁に感謝しつつ、本年もどうぞ宜しくお願い致します。
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# by sweetflowers | 2007-01-03 17:02 | 日々のあれこれ

チャナカラティー

昨日は私のお誕生日、ということで、友人達が「横浜散策ツアー」を企画してくれました。
おいしいものを食べて、おしゃべりして、そして真面目なお話も交えつつ、本当に楽しい時間を過ごすことができました。クリスマスプレゼントも兼ねて、みんなで持ち寄ったお土産を交換した中でちょっと面白いものを頂きました。それがこちら「チャナカラティー」。アーユルベーダに基づいた、チャクラに沿ったハーブティーです。

それぞれパッケージが見えない状態で選んだにもかかわらず、なんとなくみんな「あ、そんな感じ」と思えるものを選んでいたりして、そんなことも楽しめるお茶です。私は第7チャクラのお茶を頂きました。蓮の花、カモミール、菩提樹、菊の花がブレンドされたちょっと甘酸っぱい味のお茶でした。

友人は明治屋で購入したそうですが、その時の気分で色々楽しめそうですね。
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# by sweetflowers | 2006-12-24 19:53 | 日々のあれこれ

なりたい自分の為の整理

さて、あっという間に12月となってしまいました。

12月に入ると、私は大掃除の準備へと入ります。いつの間にか溜まってしまった不要品の整理や家中の掃除など、とても1日では終わりそうも無いので週末を使って少しづつ、というのがここ数年の習慣となっています。

取り分け不要品の整理は大変で、なかなか進まないことも。そんなに買い込んだ訳でもないのに一体どうして?と思うのですが、そこではた、と気が付いたのです。ものを手に入れたときと今の自分とが変化している証拠でもあるのですよね。

そんな訳で、今年は少し意識を変えて「これからなりたい自分」にとって必要なものであるのかどうか、そんな視点で家中のものを点検しています。お気に入りだったけれど、「なりたい自分」に合わせてみるとちょっとしっくりこないお洋服や雑貨。そういったもの達に今までHappyを感じさせてくれた感謝を込めつつ、整理していたこの週末です。
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# by sweetflowers | 2006-12-03 21:08 | 日々のあれこれ